推しがいつのまにか推しじゃなかった

推しだった人が結婚した。

好きな女性芸能人が結婚したことは幾度となくあるけど、男性芸能人に関しては初めてだと思う。別に不快な気持ちにも悲しい気持ちにもならないし、だからと言っておめでとうとも思わないし嬉しくもなかった。何年も前にその相手の女性とフライデーされていたので「あぁ、続いてたんだ。」と思った。ただそれだけ。もっと嬉しかったり悲しかったり複雑な気持ちになったりすると思っていたのに、思っていたのと違う、自分の感情。そこではっきりと確信した。彼はすでに私の推しではなくなっていたのだと。

 

「担降り(まだ彼にもこの言葉を適用するのだろうか)しよう」と思ったことなんてなかった。それなのに、すごく大好だったはずの彼に対する熱はいつのまに冷めていたのだろう?と思い返したら、それはまさにその結婚相手との熱愛報道がきっかけだったかもしれない。当時「推しに恋人がいる」ということ自体には(プライベートなことや相手の顔を敢えて知りたくはなかったものの)大して嫌悪感はなかった。だから自分としてはそれをきっかけにファンをやめるなんていうつもりはなかった。ただ、推しに対して「彼の歳で20歳の子に手を出すって自分の感覚ではないな…」「それでしかも外でペアルック…」という自分の“苦手なタイプの人“の要素を見つけてしまったのは事実で、それから数年かけて至る所で“思ってたのと違う“が重なり、いつのまにか出演作をチェックしなくなり、最近では彼を偶然テレビで見ても「あ、出てる。ていうかこんな顔だったっけ?」くらいにしか思わなくなっていたのだった。

推していた時には舞台だドラマだ映画だバラエティで番宣だ…と日常的に供給が多いと思っていたけれど、自分からチェックしなければ出演する舞台や映画も知らずにいるし、何となく流しているテレビ番組に彼は殆ど出ることがなく、たまにCMで顔を見るくらいだ。彼はすっかり私の日常から姿を消していた。

 

「推しが結婚する」というオタクにとっての貴重な体験をうっかり逃してしまった。そしてやはり、恋愛に限らず好きな芸能人のプライベートは出来る限り知りたくないと改めて思った。せっかくお仕事で素敵な姿を見せてくれているのに、仕事以外の面(しかも本人たちの匂わせみたいな自業自得案件じゃなく、撮られてしまったもの)がきっかけでこんなふうに「好き」を失っていくなんてなんか嫌だ。オタクなんてただの趣味だけれど、それでも大好きだったはずの人がどうでも良くなってしまうのって何だか寂しい。

「相手の女優さんも良い子そうで可愛いね!」と、美男美女の結婚報告にキャッキャしている友人らが眩しく感じた。

田中みな実の無駄遣いをしないで欲しい

春服が日の目を見ないまま春が終わってしまった。このままだと今年は水着も買わないのが正解かも。湘南の海も今年は海水浴場が中止ですってね、行ったことないけれど。そんなことを思いながらお洋服屋さんのオンラインショップを毎日眺めている。毎日更新されるわけではないからいい加減これも飽きているのだけど。

私がよく着るブランドのオンラインショップやSNSを見ていると、近頃どこも「田中みな実さん着用!」という謳い文句で溢れている。きっと田中みな実が着用するとよく売れるのだろう。しかしそれらのブランドはどれもオンラインショップのモデルさんの身長が170cmくらいあり、160cm台前半くらいのモデルさんでギリギリかな?という印象の丈の洋服が多い。そんな中、153cm田中みな実がそれらの服を着ると物凄くちんちくりんに見えてしまう。今季の新作に多いロングスカートを着用する際は決まってしゃがむようなポーズで丈感がわからなくしてあったり、立っている写真だと足首までで切られていたりと、とにかく丈感が出ないような撮り方ばかり。あくまで"田中みな実が着用した"という事実を作るためだけの写真だというのが見え見えなのだ。身長の誤魔化し方が露骨すぎてもはや田中みな実に失礼なのでは?とすら思う。
田中みな実自身は身長が小さいながらも本人の体型維持の努力もあり頭身のバランスがすごく良い。似合う服を着れば全くちんちくりんに見えないのだ。それなのにこんな風に起用するのは服も彼女もどちらも勿体ない。田中みな実をファッションモデルに起用するなら、「低身長を写真でどうにか誤魔化す」ではなくて「低身長さんがバランス良く綺麗に着こなせる」というテーマで撮ってほしい。田中みな実の無駄遣いをするな!(しかし実際、丈なんて合ってなくても着用したという事実さえあれば売れるんだろうな…)

それにしても、私は田中みな実を目指しているわけでもないし系統的にも似てる感じではないと思うのだけれど、最近は服を買うにも「田中みな実さん着用」、コスメを買うにも「田中みな実さん愛用」という謳い文句の商品を手に取ることが多い。…私は知らず知らずのうちに田中みな実を目指しているのだろうか。みんなのみな実、恐るべし。

 

家に蟻が出る

外出自粛をしている間にいつの間にかこの季節。虫が苦手な人達の戦いの季節がやってまいりましたね。

私の家はマンションの2階なのですが、ベランダが敷地内のお庭に面しているせいなのかこの時期になるとベランダに蟻が大量発生します。そしてちょくちょく家の中にも入ってきてしまって非常に困る。そんな中、こちらに助けられています。

 

 

 

 

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

アリンコさそってコロリ
価格:110円(税込、送料別) (2020/6/3時点)

楽天で購入

 

 

去年から使用しているのですが、これをベランダに撒くと不思議なことにすぐに蟻の数が減っていくのです。すぐにゼロ!というわけではないけれど、少なくともこれを撒いてからは家に入ってくることがないし、ベランダにいる蟻の数も目に見えて減ります。

蟻の発生に悩んでいる人達に是非試してみてほしい。ちなみにうちに出ている蟻はざっくりググった感じだとイエヒメアリ?っていう種類かもです。

 

しかし蟻なんて些細な問題よね、先日この家に住み始めて初めてゴキブリが出てしまいました。今後はその対策なんかも頑張っていきたいと思います。とりあえずブラックキャップ買ってきましたが…。バルサンなど色々と戦っていきたいと思うので、効果的だったものがあればまたご紹介しますね。

虫苦手民が虫に怯えず快適なおうち時間を過ごせますように。

 

メッシュアイテープ、やるじゃん。

 私はもともと両目ともに平行二重なのですが、実は左右非対称なのが気になっています。正面を向いている状態だと両目とも平行二重ですが、よく見ると右目は真ん中から目尻にかけてすこしずつ二重幅が狭くなっているのです。そのため、角度によっては片目だけが奥二重のような感じにみえて左右の目つきにかなり差異が出たりします。写真でそれが気になることが多く、二重幅を気にするようになりました。

今回ご紹介する方法は、私と同じように元々二重だったり奥二重だったりとまぶたがあまり重くないタイプで、二重幅を変えたいという方におすすめな方法です。

 

 アイプチ,メザイク,アイテープ(昼用・夜用),膜をつくるタイプの二重糊…と色々ためしたけれど、どれも元々の二重に負けてしまったり、テープ系だと時間と共に皮脂によって接着が浮いてきて汚い瞼になってしまったり…となかなか上手くいきませんでした。長年二重コスメを使っている友人らがこぞって「これは良い!」と激推しするルドゥーブルも、私は即ヒュン現象。薄塗り~かなり厚塗りまで試行錯誤しましたが、元々の二重の線をカバーしきれずただカサカサな膜が瞼に残るだけでした…。

  そんな中、最近話題の「メッシュアイテープ」というものを購入してみました。色々なところで紹介されているけど、簡易的なパッケージのものが多いし、見た目は普通のアイテープっぽいし、なんだか胡散臭いな~と思いつつ…「安いんだから失敗しても痛くない!」とamazonで購入いたしました。prime対象商品なので、prime会員の方は送料かからず購入できます。安っ。384枚入っていて、私は片目に使うので、これ1年以上使えちゃうことに…!

 

 

 楽天だとSweetSweet Shopさんのものが人気みたいですね。容器が可愛いのが魅力的…!でもamazonと比べると少し高いので、容器の可愛さ求めないならamazonでshefunさんのを買うのがおすすめです! 私の場合はヒュン現象を起こさないために「二重の線を作りつつ元々の二重にかぶせて貼る」という目的で半月太目タイプを選びました。半月細めタイプ楕円タイプとあるみたいです。

私が購入したshefunさんのセット内容はジップ式の袋にテープ・スプレーボトル・ピンセット・プッシャーです。説明書どころか納品書すら入っておらず、本当に商品だけが届く感じでした。テープをピンセットでとって水を拭きかけてまぶたに貼るだけなので説明書がなくても大して困らないですが(笑)

 

これを使って私が毎日続けている方法は、

夜のスキンケア後にまぶたの油分を軽くふき取って片面タイプのアイテープ(100均)を貼ってクセ付け

朝、洗顔,スキンケア後にそのクセ付けされた二重ラインに沿ってメッシュアイテープを貼る

という方法です。

夜もアイテープをすることによって洗顔やスキンケアの時以外は常に元の二重線が機能せずなりたい二重の線が補強されている状態になるので、かなりしっかりクセがつきます。続けていると短時間であればテープをはずしてもその二重の線が保てるようになるので、それが次にテープを貼るときのガイドラインにもなり、毎回同じ場所に二重の線を作ることが可能になります。短時間の保持が可能な線は比較的すぐにつきますが、ここでテープの使用をやめてしまうと日中いつのまにか戻ってしまうので、継続することが大切だと思います。

 

気を付ける点は 

① 好みの位置に貼れたら手早く乾かすこと!

→接着剤が乾くまではズレやすいです。また、乾く前に目を開いてしまうと表面にはみだした接着剤が瞼についてアイプチ状態みたいになってしまうこともあるので、これまた仕上がりに影響します。ここだっ!っていうところに貼れたら、目を閉じてパタパタと乾かしましょう。水をたっぷり含ませすぎてしまった場合は糊の重みで下にずれてくる可能性もあるので上を向いて乾かすのがいいかも。私はドライヤーの冷風を軽く当てたりすることもあります。

② 剥がすときは必ず濡らして接着剤をふやけさせること!

→乾くと強力なので、そのまま剥がすとかなり皮膚が引っ張られて痛いです。

 

以上の2点くらいでしょうか。

多少失敗しても糊が完全に乾ききる前ならば剥がして綿棒などでチョンチョンと水を足しながら貼りなおせば大丈夫。台紙からとる際にぐしゃっとしちゃったりしてどうしても端が上手くつかない場合はその部分を切っちゃえばOKです。貼り終えると、なりたい二重の線にそって上手く貼れたのかどうなのか鏡で見ても確認しにくいくらいに肌になじみます。日中は触ってもズレたり接着剤がベタついたりとかは全くないので全然気になりません。

メイクをするときは、私はメイク後に貼っています。他の二重コスメ製品は大抵メイク前にすることが推奨されていたかと思うのですが、こちらの場合は「どちらでもOK」とのことで両方試してみました。メイク前に貼るとメイクした時にどうしてもメッシュ部分にシャドウがたまってしまって形が浮き彫りになりやすかったのですが、メイク後に貼るとメッシュの隙間からシャドウが綺麗に顔を出すので形が浮き彫りになることがなく、瞼を閉じて注目しない限りはそこまで気になりませんでした。アイシャドウの色味や質感によっては、メイク後に貼ったあと、さらに上からトントンと軽く馴染ませるのもありです。 ただアイグロウジェムのようなムース状のアイシャドウは相性が悪いようで、試行錯誤しましたがなかなか難しいです。時間が経つと目立ってきてしまいます。

 

人により作業の得意・不得意あると思いますし瞼のタイプにもよると思うのですが、私はどのタイプよりもこのメッシュアイテープが一番貼りやすいと感じています。私は今まで塗るタイプの二重コスメでも何度もやりなおして時間をかけていて、アイテープやメザイクなども1発で綺麗に貼ることが出来ずに何度もいじくりまわしてしまい粘着力がダメになり…と、1度使うためにいくつも無駄にしたり何度もふき取ってやり直したりしていました(笑)でも、これにしてからは今のところ1度も無駄にしていませんし、朝も特に時間をかけておりません。(夜のアイテープはいまだに貼るのが下手で多少試行錯誤します…笑)目立ちにくさや強度よりなにより、とにかく貼りやすいことが私としては一番気に入っています。 同じような状況の人がいたら、ぜひ試してほしいです!

リアルファー反対なのもわかるけれど、今後の話をしましょうよ

長年大切に使っているリアルファーの製品がいくつかあります。祖母の形見であるミンクの帽子とショール(何十年も前の物かも)、10年近く前に買ってもらったレッキスファーのコート。それから、数年前まで着ていたコートの襟周りについていたラクーン・フォックスのファーは今はティペットにリメイクして使用しています。挙げた所持品数がそれほど多くない(そしてどれも古い)ことからもわかる通り、「毛皮が好きなのでよく購入します」ということではないのですが、防寒という点でこれ以上に優秀なものを私は知らないので、持っているものに関してはなるべく長く使えるように出来る限りの工夫をしています。今は動物愛護の面などからもフェイクファー(エコファー)が流行っており、私自身も近年は特に毛皮製品を購入していませんが、今持っているものについては私は今後も大切に使いたいと思っています。

 

リアルファーの使用を反対する人が多くいることは、理解します。私もリアルファーの製造過程については思うこともありますし、肉や魚が生きている姿からスーパーに並ぶパック詰めになるまでの過程もそうですし、切り身になっていない魚をおろすときにも躊躇いがあります。私はそれでも身に着けているし食べているけれど、そこで「食べない」「身に着けない」という選択をする人がいることもわかります。そのような選択をすると「じゃあ革製品は?羽毛布団は?野菜はいいの?卵は?」などと言われることがあるかもしれないけれど、自分の中で「これなら良い」と思える線引きは感覚的なものだと思うし、その選択をするのに他人に対して矛盾なく説明できなくても良いものだと思っています。ただしそれは他人にそれを押し付けないことが前提での話です。現時点で日本では一般的に購入が可能な状態なのですから、それぞれの選択が尊重されて良いと思っています。

 

先日、私が身に着けているリアルファー製品をみた友人に「見た目が可愛いからってリアルファーはダメだよ、フェイクファーも今は見た目も肌触りもリアルだし十分だよ!死体を身に着けているみたいで嫌じゃないの?私はリアルファーなんて絶対に買わない!フェイクファーにしなよ!」などと強い口調で延々とリアルファーを非難されるとともに、フェイクファー製品を執拗に勧められました。私が長年大切に使っている物に対して突然敵意のようなものを向けられたことに驚いたし、内容もあまりピンと来ませんでした。私は「毛皮は防寒にとても適している」と思っていましたが「装飾として身に着けている」という感覚がなかったのです。勿論アパレル商品ですからデザイン性もありますし華やかで素敵なものだと思いますが、個人的には「見た目は少しゴツいけど暖かいから…」と実用性重視で身に着けていたものなので、「毛皮製品を身に着ける人=自分を着飾るために動物を見殺しにして死体を身に着けている人」みたいな発想があまり自分の中での毛皮に対する感覚とマッチしなかったのです。彼女の中では「毛皮=とても実用的で優秀な防寒具」という大前提が抜け落ちていたように思います。私は彼女の主張に納得するよりも、色々と決めつけられた状態で非難されたことによる不快な気持ちが大きかったです。どこかの受け売りでリアルファーのデメリットとフェイクファーのメリットだけを見て感化されたのでしょうか。彼女にとってはそれが正義だったかもしれないけれど、私にとっては一方的で感情的な暴言でした。

彼女は私にどうしてほしかったのか疑問です。「そうだね!毛皮は良くないね!もうこれは捨てます!」とリアルファー製品を捨てて、類似した形のフェイクファーの製品を身に着ければ満足だったのでしょうか。まだこれからも十分に着用可能な状態の毛皮製品を無駄にして、環境破壊に加担してるであろうフェイクファーを身に着けることが何に対して良き影響をもたらす行為なのでしょうか。

 

今後の生産や購入をどうしていくべきかという問題については私も色々と思うことはありますが、ここでどうすべきかと答えを出すことは私には難しいです。毛皮にメリットとデメリットがあるようにフェイクファーにもメリットとデメリットがあり、どういった改善が可能か不可能か…不勉強な状態で「こうすべきだ!」という判断は私にはできません。しかし、一部のハイブランドやセレブがリアルファーからフェイクファーへ切り替えたことからも、現状をしっかり調べて動物愛護や環境問題に真剣に向き合う層よりももっと浅いところで、私を非難した友人のようにトレンド感覚で「リアルファーは悪!今時はエコファーがいけてる!!」みたいに主張する風潮があるように思いますし、ネットで出回るわかりやすくショッキングな映像なども手伝いそれはもっと広がるのでしょう。

そのトレンドにより、毛皮反対派の主張のメインが"今後どうすべきか"という議論ではなくて「毛皮製品を身に着けている人への非難」という短絡的な攻撃になってしまうことを私は恐れています。所持している毛皮を手放す,破棄する,しまい込むしかないような状況は、動物愛護にも環境保護にもつながらない、ただの感情的な制圧でしかありません。

 

リアルファーの販売・購入に肯定的であれ否定的であれ、またはそのどちらでもなくても、「既に持っているものに関しては大切に使いましょう」は共通の認識で良いのではないかと思うんです。毛皮を愛用するひとの中には、その目的が装飾であれ実用性であれしっかりお手入れをしたり時代や年齢に合わせてリメイクしたりと、本当に長く大切にされている方が多くいらっしゃると思います。私が所持しているものもどれも古い物だし、祖母の形見なんて古すぎていつのものかわからないくらいですが、毛艶もよく裏地も綺麗な状態なので今後も長く使いたいのです。それは今後もし仮に毛皮の生産や販売に制限が設けられたとしても同じです。所持している以上は、無駄にしまい込んだり捨てたりすることこそ愚かだと思います。

 

今所持している人を責めるのではなく、今後の話をしたいですよね。

 

バスケのブーイングは意地悪じゃないのよ~という話

プロバスケの試合観戦後にSNSで試合について検索していると、ちょくちょく見かけるのがブーイングの是非。

最初に言っておくとバスケの試合で相手のフリースロー時に観客が行う「ブーイング」というのは、選手やジャッジに不満や非難を示すための野次や暴言のようなものではありません。主にゴール裏を中心に声や物音を立てたりしてフリースローをする選手の気を逸らせたりして邪魔をしてやろうぜ!という応援文化の一種です。(暴言や差別・侮辱のような意味合いの物を掲げることはないですし、フラッシュを向けたり物を投げるだとか本当にプレーの妨害になるような行為はNGです。)ブーイングをしている人の多くは相手チームに敬意をもって楽しんでいますが、「相手の当然の権利だから邪魔をしたくない」「相手の失敗を願うのは良くない」などそれぞれの理由でそれに参加しない人も勿論います。

私はバスケ観戦で初めてブーイングを見た時、今まで認識していた罵詈雑言の"ブーイング"とは違って「応援しているチームに加勢する」というような参加型のエンタメ感があって面白い文化だなーと思いました。

 

海外ではこのような面白いことをするファンも。

 

そして日本のBリーグではアルバルク東京のブーイングが面白く、名物化しています。

basket-count.com

 

ブーイング否定派の意見も理解します。バスケにおけるブーイングという文化を知らずに初見でそれを見たのならすごく意地悪なものに見えても仕方がないし、「相手の失敗を願って、失敗したら喜ぶ」というのも普段生活している上での感覚でいえば褒められたものではないです。だから私はブーイングをしない主義の人は当然しなくて良いと思っています。

ただ、個人がしないという選択をしたとしても、会場ではフリースロー時に大きなブーイングが当然起こります。それに対して「この人達は相手を貶めることで楽しんでいるんだ…」という認識のままジッと黙っているのは少なからず不快な気持ちを抱くと思うし、ブーイングしてる方もそう思われてしまうのは不本意だと思うのです。そこで、今回は「私がどのような意識でブーイングを楽しんでいるのか」について書いてみようと思います。これは私個人の考えですが、ブーイングしない派の人達の不快度がすこしでも軽減し、観戦がより楽しめますようにと願いを込めて。

 

私にとってのブーイングは、「相手が手ごわいからこそ、ディフェンスの1つとして好きなチームに加勢する」という、好きなチームへの応援・そして素晴らしい相手チームへの敬意のような気持ちの表現でもあります。それに加え、「どうせこちらが何をしようが集中してれば入るだろうけど…とりあえず楽しく悪あがきして邪魔してみよう!」という遊び心だったり、もし外したら「私達ファンのブーイングが外させたよね!」というしょうもない冗談だったりとか、そんなふうに観戦を楽しむ方法のひとつです。そこに相手チームの選手への悪意や憎悪はないし、選手たちだって勿論それをわかっているからこそなりたっている文化だと思っています。相手がミスした時に起こる拍手も、そのミスに対して嘲笑したり馬鹿にしたりする意味合いはなく、応援しているチームにラッキーなチャンスが生まれたことに対して拍手をしています。これも”手ごわい相手”と認識しているからこそ相手のミスが「ラッキー」なわけです。決して相手チームに対して悪意を持って「はーずせっ!はーずせっ!」というノリでやっているわけでもなければ、「やーい!ミスしたぞこいつ!だっさー!(笑)」という意味合いで拍手するわけでもないのです。

 

だから、観戦におけるマナー・ルールを守って楽しくブーイングしている人達のことも非難したりせずにどうか尊重してほしいと思うんです。「近くにいた〇〇ファンの人が足踏みで音を鳴らしてブーイングするのまじでやめてほしい!子供が真似する!」(※足の踏み鳴らしは会場によってはアナウンスで煽るくらい一般的な方法です)とか、「初めて観戦にいったけどブーイングとかバスケファンって最悪ですね!」みたいなことが書かれているのを見ると、きちんとマナー・ルールを守って楽しんでいる人達が悪者・迷惑扱いされていることに遣る瀬無さを感じます。

特にお子様連れの方は教育上も気にされる方が多いと思いますし、「子供にはブーイングさせないようにしている」ということも結構あるように思います。でも…願わくば、もしお子様がブーイングを面白がってやりはじめた際には「良くないことだから止めなさい」ではなくて上記の通り「それは相手への敬意をもってするもの。」「意地悪な気持ちで失敗を煽るならしない、敬意を持って楽しく応援できるならしても良い。そしてこれはバスケ観戦での文化だから普段の生活でお友達にはしない。」と…是非そんな風に教えてあげてもたえたら嬉しいです。勿論、それぞれのご家庭の方針に口を出す気はないですが…小さいうちは区別が難しいし、お友達に意地悪してしまったら…と考えると「よくないこと」と教えるのも良い選択なのかもしれませんが…。

 

以上で述べたことはブーイングを推奨・強要する意図ではなく、同じ空間で同じコンテンツを楽しんでいるもの同士としてお互いに尊重し合いたいという気持ちで説明した限りです。お子様に限らず全ての観戦客に言えることですが互いの正しい意図を理解した上で「自分はしない」「自分はする」と選べた方がどちらにせよ気持ち良く観戦できると思うのです。色々な応援スタイルが気持ちよく共存できると良いですよね。(全般的な話でなく個々に見てしまうと、本当に悪意・敵意むき出しで双方の選手やファンに敬意を欠いた観戦態度の人も悲しいことに時々居るんですけど…それはバスケの応援文化云々ではなくてその人個人の問題ですので今回は敢えて触れていません)

 

余談ですが、試合観戦での不快な経験という繋がりで…

バスケは基本的に「ホームVSアウェー」ですから、会場自体(演出や会場のMCなど)がホームの応援をしますよね。会場のスタンスとしてはどこも基本的に「アウェーの選手・ファンのみなさん、ようこそ!今日はよろしくね!でも勝たせてもらうぜ!」と温かく迎えてくれる感じではあるけれど、演出の特色とか応援の雰囲気はチームにより結構異なるもので、アウェーに行っても勝敗に関わらず「気持ち良く応援できた!素敵なアリーナ!」と思う事もあれば、「このアリーナはちょっと嫌な感じだったな…」と思ってしまうこともあります。簡単にいうと「ホーム上げ」の方向性が悪意なくとも「アウェー下げ」みたいなニュアンスになってしまうことがあって、不快になることがあるのです。勿論、基本的に歓迎する態度でいてくれているし悪意はないと理解しつつも、私もアウェーのアリーナで一度だけ嫌な気持ちになってしまった経験があります。それからは自分が応援しているチームのホームゲームでは常に「アウェーのブースターさんたちが勝敗問わずまた来ようと思ってくれるといいな」と…特別何かするわけではないですけれど、相手チーム・ファンへの敬意を欠くことがないよう応援する際の言葉や態度に気を付けています。

 

 

「子供だけに優しく」ではなく「人に優しく」ありたい

 

「子供優先」を強要されて、大人の自分が楽しむ権利を奪われてしまった経験はありませんか。私はあります。テーマパークのオタクをやっている人、ファミリー優遇な空気の現場に行っている人、スポーツ観戦が趣味の大人とかでも経験しがちなことかなぁと思います。

(先に断っておきますが、これは「子供への嫌悪」や「子供に優しくすることへの否定」ではなく、「子供優先」「子供だから許す」を赤の他人に強要して他人の権利を奪う大人に対して疑問を抱いているというお話です。)

 

初めてそれを感じたのは、高校1年生の頃に友人と行った動物園でのことでした。私はライオンが大好きなので、窓越しに間近にライオンを見ることができるライオンバスに乗ることをとても楽しみにしていました。ところが、実際に乗車をすると「お子様を前に入れてあげてください」というアナウンスと共に窓と私達の間に子供達が乗り込んできて、ライオンが来ると立ったりしゃがんだり手を伸ばしたりと私たちの視界を遮ったのでした。保護者の方々はご自分の視界なんてどうでもよくて、お子様たちが楽しめればそれでよかったのだと思います。だけど私たちは私達が楽しむために行ったから、子供料金100円で楽しめた子供達とそれよりも高い大人料金(高校生~)360円を払ってただ知らない子供達の後ろに突っ立っていただけの自分たちを思うとなんだか蔑ろにされたようで悲しくて、二人してすごくテンションが下がってしまったことを憶えています。当時は15歳、お小遣いをバイト代だけで賄っていました。大人扱いもされるし子供扱いもされる、そんな年齢だからこそなおさらこんな気持ちになったのかもしれません。

それからは「当人の厚意」という域を超えて他人の権利を奪ってまで強要される「子供優先」という状況に疑問を抱き始め、今も時々モヤモヤすることがあります。

 

私も子供にはそれなりに優しくする習慣があります。子供に限らずとも、他人に親切でありたいと思います。だけどそれは自分の権利を妨げない・あるいは自分が良いと思える範囲での損失においての話であり、義務ではないと思っています。チケット代を払うことや早い時間から整列して待つことによって正当に与えられたはずの自分の権利が見ず知らずの親子に不本意な形で奪われてしまうのは、気持ちがよくありません。キッザニアのように「子供のための施設」であって「大人はあくまで付き添い」と明確に定められている施設であれば良いのです。けれど、大抵の施設はファミリー層だけでなくカップル層や友人同士など「大人料金」を払う年齢の人のみで構成されたグループの来場をターゲットとした広告・企画も打ち出しています。そんな中で、実際に大人だけで行ってみたらあっちでもこっちも「子供優先」「子供優遇」とされると、私たちは笑顔で「どうぞ」と譲りつつも内心は「私達もこれ楽しみにして来たんだけどなー」と残念な気持ちになってしまいます。大人の方が客単価が高いのに、大切にしてもらえないどころか不本意な「子供優先」で不当な我慢を強いられたり、運営側の「子連れ様接待」に巻き込まれたりしているようで、客として蔑ろにされているようで少し寂しく感じます。「ファミリー層を呼び込むために家族連れに優しくしたい」というのは通常の待遇+αとして運営がやるべきことであり(お子様への特典を付ける・対象年齢を定めた子供向けのイベントを実施するなど)、そこにいる権利があるはずの一般客に対して「お子様のために前をあけてあげてください」「お子様に譲ってあげてください」というのは違うと思うのです。

 

また、子供を持つ親はあらゆることを「子供優先」で自分のことを後回しにして生活している人達が多いと思います。もうそれが染みついてしまっていて世の中のデフォルトが「子供優先」であるかのように錯覚することもあるかもしれません。そういう人からしたら列で子供の前に並んでいる人をみたら「なんで大人が?」と思うかもしれないし、子供を喜ばせるために付き添いとして出かけた先で大人がはしゃいでいるのをみたら違和感を覚えるかもしれません。ちょっとしたルール違反も「子供なんだからOK、許せない大人はちょっとおかしい」と思えてしまうのかもしれない。この文章も「これだから子供がいない人は…」と呆れながら読んでいるのかもしれません。しかし世の中には「子供中心」という軸ではない生活をしている人も多く居るのです。それは「自分中心」に考えて子供を蔑ろにするということではありません。大人も子供も人として尊重はしますが、必ずしも子供に甘やかす態度をとるとは限らないということです。それは本来、否定されることではないはずです。

 

「子供の頃に同じようにしてもらったはず」「自分が子供を産んだら同じようにするはず」ということから「お互い様」と言う人もいるかもしれませんが、誰もが子供の頃にそういう素敵な経験をしているわけではありませんし、誰もが親になるとも限りません。また、子供の頃に出来なかったことを自分で稼げるようになって初めて実現できた人達だってたくさんいるし、子供がいても「大人も子供も関係なく順番を守る」と教える親だって多くいます。他人が差し出してくれる厚意以上のものを強制すべきではないし、あらゆる施設の運営も、大人も対象としているサービスにおいて「お子様を優先して」という厚意を強制するアナウンスは、サービスに正当な対価を支払っている客の権利を蔑ろにしているように思います。

 

以前、本田翼さんが「子供に対して特に甘やかす態度はとらない」というようなことを言って一部から批判をされていましたが、人として尊重するという最低限のラインを守っていれば、あとは個人の自由であると私も思います。勿論、子供を甘やかしたい人が甘やかす分には否定はしないけれど、そうでない人が居心地が悪くなるような空間になるのは、「子供に優しい」環境をつくろうとするあまり「人に優しい」とは言えないと私は思います。「子供にだけ優しい」ではなく、大人も子供も男も女もそれらに当てはまらない人も同じように尊重できるバランスの良い人間になりたいし、そんな世界にしたいものです。