メッシュアイテープ、やるじゃん。

 私はもともと両目ともに平行二重なのですが、実は左右非対称なのが気になっています。正面を向いている状態だと両目とも平行二重ですが、よく見ると右目は真ん中から目尻にかけてすこしずつ二重幅が狭くなっているのです。そのため、角度によっては片目だけが奥二重のような感じにみえて左右の目つきにかなり差異が出たりします。写真でそれが気になることが多く、二重幅を気にするようになりました。

今回ご紹介する方法は、私と同じように元々二重だったり奥二重だったりとまぶたがあまり重くないタイプで、二重幅を変えたいという方におすすめな方法です。

 

 アイプチ,メザイク,アイテープ(昼用・夜用),膜をつくるタイプの二重糊…と色々ためしたけれど、どれも元々の二重に負けてしまったり、テープ系だと時間と共に皮脂によって接着が浮いてきて汚い瞼になってしまったり…となかなか上手くいきませんでした。長年二重コスメを使っている友人らがこぞって「これは良い!」と激推しするルドゥーブルも、私は即ヒュン現象。薄塗り~かなり厚塗りまで試行錯誤しましたが、元々の二重の線をカバーしきれずただカサカサな膜が瞼に残るだけでした…。

  そんな中、最近話題の「メッシュアイテープ」というものを購入してみました。色々なところで紹介されているけど、簡易的なパッケージのものが多いし、見た目は普通のアイテープっぽいし、なんだか胡散臭いな~と思いつつ…「安いんだから失敗しても痛くない!」とamazonで購入いたしました。prime対象商品なので、prime会員の方は送料かからず購入できます。安っ。384枚入っていて、私は片目に使うので、これ1年以上使えちゃうことに…!

 

 

 楽天だとSweetSweet Shopさんのものが人気みたいですね。容器が可愛いのが魅力的…!でもamazonと比べると少し高いので、容器の可愛さ求めないならamazonでshefunさんのを買うのがおすすめです! 私の場合はヒュン現象を起こさないために「二重の線を作りつつ元々の二重にかぶせて貼る」という目的で半月太目タイプを選びました。半月細めタイプ楕円タイプとあるみたいです。

私が購入したshefunさんのセット内容はジップ式の袋にテープ・スプレーボトル・ピンセット・プッシャーです。説明書どころか納品書すら入っておらず、本当に商品だけが届く感じでした。テープをピンセットでとって水を拭きかけてまぶたに貼るだけなので説明書がなくても大して困らないですが(笑)

 

これを使って私が毎日続けている方法は、

夜のスキンケア後にまぶたの油分を軽くふき取って片面タイプのアイテープ(100均)を貼ってクセ付け

朝、洗顔,スキンケア後にそのクセ付けされた二重ラインに沿ってメッシュアイテープを貼る

という方法です。

夜もアイテープをすることによって洗顔やスキンケアの時以外は常に元の二重線が機能せずなりたい二重の線が補強されている状態になるので、かなりしっかりクセがつきます。続けていると短時間であればテープをはずしてもその二重の線が保てるようになるので、それが次にテープを貼るときのガイドラインにもなり、毎回同じ場所に二重の線を作ることが可能になります。短時間の保持が可能な線は比較的すぐにつきますが、ここでテープの使用をやめてしまうと日中いつのまにか戻ってしまうので、継続することが大切だと思います。

 

気を付ける点は 

① 好みの位置に貼れたら手早く乾かすこと!

→接着剤が乾くまではズレやすいです。また、乾く前に目を開いてしまうと表面にはみだした接着剤が瞼についてアイプチ状態みたいになってしまうこともあるので、これまた仕上がりに影響します。ここだっ!っていうところに貼れたら、目を閉じてパタパタと乾かしましょう。水をたっぷり含ませすぎてしまった場合は糊の重みで下にずれてくる可能性もあるので上を向いて乾かすのがいいかも。私はドライヤーの冷風を軽く当てたりすることもあります。

② 剥がすときは必ず濡らして接着剤をふやけさせること!

→乾くと強力なので、そのまま剥がすとかなり皮膚が引っ張られて痛いです。

 

以上の2点くらいでしょうか。

多少失敗しても糊が完全に乾ききる前ならば剥がして綿棒などでチョンチョンと水を足しながら貼りなおせば大丈夫。台紙からとる際にぐしゃっとしちゃったりしてどうしても端が上手くつかない場合はその部分を切っちゃえばOKです。貼り終えると、なりたい二重の線にそって上手く貼れたのかどうなのか鏡で見ても確認しにくいくらいに肌になじみます。日中は触ってもズレたり接着剤がベタついたりとかは全くないので全然気になりません。

メイクをするときは、私はメイク後に貼っています。他の二重コスメ製品は大抵メイク前にすることが推奨されていたかと思うのですが、こちらの場合は「どちらでもOK」とのことで両方試してみました。メイク前に貼るとメイクした時にどうしてもメッシュ部分にシャドウがたまってしまって形が浮き彫りになりやすかったのですが、メイク後に貼るとメッシュの隙間からシャドウが綺麗に顔を出すので形が浮き彫りになることがなく、瞼を閉じて注目しない限りはそこまで気になりませんでした。アイシャドウの色味や質感によっては、メイク後に貼ったあと、さらに上からトントンと軽く馴染ませるのもありです。 ただアイグロウジェムのようなムース状のアイシャドウは相性が悪いようで、試行錯誤しましたがなかなか難しいです。時間が経つと目立ってきてしまいます。

 

人により作業の得意・不得意あると思いますし瞼のタイプにもよると思うのですが、私はどのタイプよりもこのメッシュアイテープが一番貼りやすいと感じています。私は今まで塗るタイプの二重コスメでも何度もやりなおして時間をかけていて、アイテープやメザイクなども1発で綺麗に貼ることが出来ずに何度もいじくりまわしてしまい粘着力がダメになり…と、1度使うためにいくつも無駄にしたり何度もふき取ってやり直したりしていました(笑)でも、これにしてからは今のところ1度も無駄にしていませんし、朝も特に時間をかけておりません。(夜のアイテープはいまだに貼るのが下手で多少試行錯誤します…笑)目立ちにくさや強度よりなにより、とにかく貼りやすいことが私としては一番気に入っています。 同じような状況の人がいたら、ぜひ試してほしいです!

リアルファー反対なのもわかるけれど、今後の話をしましょうよ

長年大切に使っているリアルファーの製品がいくつかあります。祖母の形見であるミンクの帽子とショール(何十年も前の物かも)、10年近く前に買ってもらったレッキスファーのコート。それから、数年前まで着ていたコートの襟周りについていたラクーン・フォックスのファーは今はティペットにリメイクして使用しています。挙げた所持品数がそれほど多くない(そしてどれも古い)ことからもわかる通り、「毛皮が好きなのでよく購入します」ということではないのですが、防寒という点でこれ以上に優秀なものを私は知らないので、持っているものに関してはなるべく長く使えるように出来る限りの工夫をしています。今は動物愛護の面などからもフェイクファー(エコファー)が流行っており、私自身も近年は特に毛皮製品を購入していませんが、今持っているものについては私は今後も大切に使いたいと思っています。

 

リアルファーの使用を反対する人が多くいることは、理解します。私もリアルファーの製造過程については思うこともありますし、肉や魚が生きている姿からスーパーに並ぶパック詰めになるまでの過程もそうですし、切り身になっていない魚をおろすときにも躊躇いがあります。私はそれでも身に着けているし食べているけれど、そこで「食べない」「身に着けない」という選択をする人がいることもわかります。そのような選択をすると「じゃあ革製品は?羽毛布団は?野菜はいいの?卵は?」などと言われることがあるかもしれないけれど、自分の中で「これなら良い」と思える線引きは感覚的なものだと思うし、その選択をするのに他人に対して矛盾なく説明できなくても良いものだと思っています。ただしそれは他人にそれを押し付けないことが前提での話です。現時点で日本では一般的に購入が可能な状態なのですから、それぞれの選択が尊重されて良いと思っています。

 

先日、私が身に着けているリアルファー製品をみた友人に「見た目が可愛いからってリアルファーはダメだよ、フェイクファーも今は見た目も肌触りもリアルだし十分だよ!死体を身に着けているみたいで嫌じゃないの?私はリアルファーなんて絶対に買わない!フェイクファーにしなよ!」などと強い口調で延々とリアルファーを非難されるとともに、フェイクファー製品を執拗に勧められました。私が長年大切に使っている物に対して突然敵意のようなものを向けられたことに驚いたし、内容もあまりピンと来ませんでした。私は「毛皮は防寒にとても適している」と思っていましたが「装飾として身に着けている」という感覚がなかったのです。勿論アパレル商品ですからデザイン性もありますし華やかで素敵なものだと思いますが、個人的には「見た目は少しゴツいけど暖かいから…」と実用性重視で身に着けていたものなので、「毛皮製品を身に着ける人=自分を着飾るために動物を見殺しにして死体を身に着けている人」みたいな発想があまり自分の中での毛皮に対する感覚とマッチしなかったのです。彼女の中では「毛皮=とても実用的で優秀な防寒具」という大前提が抜け落ちていたように思います。私は彼女の主張に納得するよりも、色々と決めつけられた状態で非難されたことによる不快な気持ちが大きかったです。どこかの受け売りでリアルファーのデメリットとフェイクファーのメリットだけを見て感化されたのでしょうか。彼女にとってはそれが正義だったかもしれないけれど、私にとっては一方的で感情的な暴言でした。

彼女は私にどうしてほしかったのか疑問です。「そうだね!毛皮は良くないね!もうこれは捨てます!」とリアルファー製品を捨てて、類似した形のフェイクファーの製品を身に着ければ満足だったのでしょうか。まだこれからも十分に着用可能な状態の毛皮製品を無駄にして、環境破壊に加担してるであろうフェイクファーを身に着けることが何に対して良き影響をもたらす行為なのでしょうか。

 

今後の生産や購入をどうしていくべきかという問題については私も色々と思うことはありますが、ここでどうすべきかと答えを出すことは私には難しいです。毛皮にメリットとデメリットがあるようにフェイクファーにもメリットとデメリットがあり、どういった改善が可能か不可能か…不勉強な状態で「こうすべきだ!」という判断は私にはできません。しかし、一部のハイブランドやセレブがリアルファーからフェイクファーへ切り替えたことからも、現状をしっかり調べて動物愛護や環境問題に真剣に向き合う層よりももっと浅いところで、私を非難した友人のようにトレンド感覚で「リアルファーは悪!今時はエコファーがいけてる!!」みたいに主張する風潮があるように思いますし、ネットで出回るわかりやすくショッキングな映像なども手伝いそれはもっと広がるのでしょう。

そのトレンドにより、毛皮反対派の主張のメインが"今後どうすべきか"という議論ではなくて「毛皮製品を身に着けている人への非難」という短絡的な攻撃になってしまうことを私は恐れています。所持している毛皮を手放す,破棄する,しまい込むしかないような状況は、動物愛護にも環境保護にもつながらない、ただの感情的な制圧でしかありません。

 

リアルファーの販売・購入に肯定的であれ否定的であれ、またはそのどちらでもなくても、「既に持っているものに関しては大切に使いましょう」は共通の認識で良いのではないかと思うんです。毛皮を愛用するひとの中には、その目的が装飾であれ実用性であれしっかりお手入れをしたり時代や年齢に合わせてリメイクしたりと、本当に長く大切にされている方が多くいらっしゃると思います。私が所持しているものもどれも古い物だし、祖母の形見なんて古すぎていつのものかわからないくらいですが、毛艶もよく裏地も綺麗な状態なので今後も長く使いたいのです。それは今後もし仮に毛皮の生産や販売に制限が設けられたとしても同じです。所持している以上は、無駄にしまい込んだり捨てたりすることこそ愚かだと思います。

 

今所持している人を責めるのではなく、今後の話をしたいですよね。

 

バスケのブーイングは意地悪じゃないのよ~という話

プロバスケの試合観戦後にSNSで試合について検索していると、ちょくちょく見かけるのがブーイングの是非。

最初に言っておくとバスケの試合で相手のフリースロー時に観客が行う「ブーイング」というのは、選手やジャッジに不満や非難を示すための野次や暴言のようなものではありません。主にゴール裏を中心に声や物音を立てたりしてフリースローをする選手の気を逸らせたりして邪魔をしてやろうぜ!という応援文化の一種です。(暴言や差別・侮辱のような意味合いの物を掲げることはないですし、フラッシュを向けたり物を投げるだとか本当にプレーの妨害になるような行為はNGです。)ブーイングをしている人の多くは相手チームに敬意をもって楽しんでいますが、「相手の当然の権利だから邪魔をしたくない」「相手の失敗を願うのは良くない」などそれぞれの理由でそれに参加しない人も勿論います。

私はバスケ観戦で初めてブーイングを見た時、今まで認識していた罵詈雑言の"ブーイング"とは違って「応援しているチームに加勢する」というような参加型のエンタメ感があって面白い文化だなーと思いました。

 

海外ではこのような面白いことをするファンも。

 

そして日本のBリーグではアルバルク東京のブーイングが面白く、名物化しています。

basket-count.com

 

ブーイング否定派の意見も理解します。バスケにおけるブーイングという文化を知らずに初見でそれを見たのならすごく意地悪なものに見えても仕方がないし、「相手の失敗を願って、失敗したら喜ぶ」というのも普段生活している上での感覚でいえば褒められたものではないです。だから私はブーイングをしない主義の人は当然しなくて良いと思っています。

ただ、個人がしないという選択をしたとしても、会場ではフリースロー時に大きなブーイングが当然起こります。それに対して「この人達は相手を貶めることで楽しんでいるんだ…」という認識のままジッと黙っているのは少なからず不快な気持ちを抱くと思うし、ブーイングしてる方もそう思われてしまうのは不本意だと思うのです。そこで、今回は「私がどのような意識でブーイングを楽しんでいるのか」について書いてみようと思います。これは私個人の考えですが、ブーイングしない派の人達の不快度がすこしでも軽減し、観戦がより楽しめますようにと願いを込めて。

 

私にとってのブーイングは、「相手が手ごわいからこそ、ディフェンスの1つとして好きなチームに加勢する」という、好きなチームへの応援・そして素晴らしい相手チームへの敬意のような気持ちの表現でもあります。それに加え、「どうせこちらが何をしようが集中してれば入るだろうけど…とりあえず楽しく悪あがきして邪魔してみよう!」という遊び心だったり、もし外したら「私達ファンのブーイングが外させたよね!」というしょうもない冗談だったりとか、そんなふうに観戦を楽しむ方法のひとつです。そこに相手チームの選手への悪意や憎悪はないし、選手たちだって勿論それをわかっているからこそなりたっている文化だと思っています。相手がミスした時に起こる拍手も、そのミスに対して嘲笑したり馬鹿にしたりする意味合いはなく、応援しているチームにラッキーなチャンスが生まれたことに対して拍手をしています。これも”手ごわい相手”と認識しているからこそ相手のミスが「ラッキー」なわけです。決して相手チームに対して悪意を持って「はーずせっ!はーずせっ!」というノリでやっているわけでもなければ、「やーい!ミスしたぞこいつ!だっさー!(笑)」という意味合いで拍手するわけでもないのです。

 

だから、観戦におけるマナー・ルールを守って楽しくブーイングしている人達のことも非難したりせずにどうか尊重してほしいと思うんです。「近くにいた〇〇ファンの人が足踏みで音を鳴らしてブーイングするのまじでやめてほしい!子供が真似する!」(※足の踏み鳴らしは会場によってはアナウンスで煽るくらい一般的な方法です)とか、「初めて観戦にいったけどブーイングとかバスケファンって最悪ですね!」みたいなことが書かれているのを見ると、きちんとマナー・ルールを守って楽しんでいる人達が悪者・迷惑扱いされていることに遣る瀬無さを感じます。

特にお子様連れの方は教育上も気にされる方が多いと思いますし、「子供にはブーイングさせないようにしている」ということも結構あるように思います。でも…願わくば、もしお子様がブーイングを面白がってやりはじめた際には「良くないことだから止めなさい」ではなくて上記の通り「それは相手への敬意をもってするもの。」「意地悪な気持ちで失敗を煽るならしない、敬意を持って楽しく応援できるならしても良い。そしてこれはバスケ観戦での文化だから普段の生活でお友達にはしない。」と…是非そんな風に教えてあげてもたえたら嬉しいです。勿論、それぞれのご家庭の方針に口を出す気はないですが…小さいうちは区別が難しいし、お友達に意地悪してしまったら…と考えると「よくないこと」と教えるのも良い選択なのかもしれませんが…。

 

以上で述べたことはブーイングを推奨・強要する意図ではなく、同じ空間で同じコンテンツを楽しんでいるもの同士としてお互いに尊重し合いたいという気持ちで説明した限りです。お子様に限らず全ての観戦客に言えることですが互いの正しい意図を理解した上で「自分はしない」「自分はする」と選べた方がどちらにせよ気持ち良く観戦できると思うのです。色々な応援スタイルが気持ちよく共存できると良いですよね。(全般的な話でなく個々に見てしまうと、本当に悪意・敵意むき出しで双方の選手やファンに敬意を欠いた観戦態度の人も悲しいことに時々居るんですけど…それはバスケの応援文化云々ではなくてその人個人の問題ですので今回は敢えて触れていません)

 

余談ですが、試合観戦での不快な経験という繋がりで…

バスケは基本的に「ホームVSアウェー」ですから、会場自体(演出や会場のMCなど)がホームの応援をしますよね。会場のスタンスとしてはどこも基本的に「アウェーの選手・ファンのみなさん、ようこそ!今日はよろしくね!でも勝たせてもらうぜ!」と温かく迎えてくれる感じではあるけれど、演出の特色とか応援の雰囲気はチームにより結構異なるもので、アウェーに行っても勝敗に関わらず「気持ち良く応援できた!素敵なアリーナ!」と思う事もあれば、「このアリーナはちょっと嫌な感じだったな…」と思ってしまうこともあります。簡単にいうと「ホーム上げ」の方向性が悪意なくとも「アウェー下げ」みたいなニュアンスになってしまうことがあって、不快になることがあるのです。勿論、基本的に歓迎する態度でいてくれているし悪意はないと理解しつつも、私もアウェーのアリーナで一度だけ嫌な気持ちになってしまった経験があります。それからは自分が応援しているチームのホームゲームでは常に「アウェーのブースターさんたちが勝敗問わずまた来ようと思ってくれるといいな」と…特別何かするわけではないですけれど、相手チーム・ファンへの敬意を欠くことがないよう応援する際の言葉や態度に気を付けています。

 

 

「子供だけに優しく」ではなく「人に優しく」ありたい

 

「子供優先」を強要されて、大人の自分が楽しむ権利を奪われてしまった経験はありませんか。私はあります。テーマパークのオタクをやっている人、ファミリー優遇な空気の現場に行っている人、スポーツ観戦が趣味の大人とかでも経験しがちなことかなぁと思います。

(先に断っておきますが、これは「子供への嫌悪」や「子供に優しくすることへの否定」ではなく、「子供優先」「子供だから許す」を赤の他人に強要して他人の権利を奪う大人に対して疑問を抱いているというお話です。)

 

初めてそれを感じたのは、高校1年生の頃に友人と行った動物園でのことでした。私はライオンが大好きなので、窓越しに間近にライオンを見ることができるライオンバスに乗ることをとても楽しみにしていました。ところが、実際に乗車をすると「お子様を前に入れてあげてください」というアナウンスと共に窓と私達の間に子供達が乗り込んできて、ライオンが来ると立ったりしゃがんだり手を伸ばしたりと私たちの視界を遮ったのでした。保護者の方々はご自分の視界なんてどうでもよくて、お子様たちが楽しめればそれでよかったのだと思います。だけど私たちは私達が楽しむために行ったから、子供料金100円で楽しめた子供達とそれよりも高い大人料金(高校生~)360円を払ってただ知らない子供達の後ろに突っ立っていただけの自分たちを思うとなんだか蔑ろにされたようで悲しくて、二人してすごくテンションが下がってしまったことを憶えています。当時は15歳、お小遣いをバイト代だけで賄っていました。大人扱いもされるし子供扱いもされる、そんな年齢だからこそなおさらこんな気持ちになったのかもしれません。

それからは「当人の厚意」という域を超えて他人の権利を奪ってまで強要される「子供優先」という状況に疑問を抱き始め、今も時々モヤモヤすることがあります。

 

私も子供にはそれなりに優しくする習慣があります。子供に限らずとも、他人に親切でありたいと思います。だけどそれは自分の権利を妨げない・あるいは自分が良いと思える範囲での損失においての話であり、義務ではないと思っています。チケット代を払うことや早い時間から整列して待つことによって正当に与えられたはずの自分の権利が見ず知らずの親子に不本意な形で奪われてしまうのは、気持ちがよくありません。キッザニアのように「子供のための施設」であって「大人はあくまで付き添い」と明確に定められている施設であれば良いのです。けれど、大抵の施設はファミリー層だけでなくカップル層や友人同士など「大人料金」を払う年齢の人のみで構成されたグループの来場をターゲットとした広告・企画も打ち出しています。そんな中で、実際に大人だけで行ってみたらあっちでもこっちも「子供優先」「子供優遇」とされると、私たちは笑顔で「どうぞ」と譲りつつも内心は「私達もこれ楽しみにして来たんだけどなー」と残念な気持ちになってしまいます。大人の方が客単価が高いのに、大切にしてもらえないどころか不本意な「子供優先」で不当な我慢を強いられたり、運営側の「子連れ様接待」に巻き込まれたりしているようで、客として蔑ろにされているようで少し寂しく感じます。「ファミリー層を呼び込むために家族連れに優しくしたい」というのは通常の待遇+αとして運営がやるべきことであり(お子様への特典を付ける・対象年齢を定めた子供向けのイベントを実施するなど)、そこにいる権利があるはずの一般客に対して「お子様のために前をあけてあげてください」「お子様に譲ってあげてください」というのは違うと思うのです。

 

また、子供を持つ親はあらゆることを「子供優先」で自分のことを後回しにして生活している人達が多いと思います。もうそれが染みついてしまっていて世の中のデフォルトが「子供優先」であるかのように錯覚することもあるかもしれません。そういう人からしたら列で子供の前に並んでいる人をみたら「なんで大人が?」と思うかもしれないし、子供を喜ばせるために付き添いとして出かけた先で大人がはしゃいでいるのをみたら違和感を覚えるかもしれません。ちょっとしたルール違反も「子供なんだからOK、許せない大人はちょっとおかしい」と思えてしまうのかもしれない。この文章も「これだから子供がいない人は…」と呆れながら読んでいるのかもしれません。しかし世の中には「子供中心」という軸ではない生活をしている人も多く居るのです。それは「自分中心」に考えて子供を蔑ろにするということではありません。大人も子供も人として尊重はしますが、必ずしも子供に甘やかす態度をとるとは限らないということです。それは本来、否定されることではないはずです。

 

「子供の頃に同じようにしてもらったはず」「自分が子供を産んだら同じようにするはず」ということから「お互い様」と言う人もいるかもしれませんが、誰もが子供の頃にそういう素敵な経験をしているわけではありませんし、誰もが親になるとも限りません。また、子供の頃に出来なかったことを自分で稼げるようになって初めて実現できた人達だってたくさんいるし、子供がいても「大人も子供も関係なく順番を守る」と教える親だって多くいます。他人が差し出してくれる厚意以上のものを強制すべきではないし、あらゆる施設の運営も、大人も対象としているサービスにおいて「お子様を優先して」という厚意を強制するアナウンスは、サービスに正当な対価を支払っている客の権利を蔑ろにしているように思います。

 

以前、本田翼さんが「子供に対して特に甘やかす態度はとらない」というようなことを言って一部から批判をされていましたが、人として尊重するという最低限のラインを守っていれば、あとは個人の自由であると私も思います。勿論、子供を甘やかしたい人が甘やかす分には否定はしないけれど、そうでない人が居心地が悪くなるような空間になるのは、「子供に優しい」環境をつくろうとするあまり「人に優しい」とは言えないと私は思います。「子供にだけ優しい」ではなく、大人も子供も男も女もそれらに当てはまらない人も同じように尊重できるバランスの良い人間になりたいし、そんな世界にしたいものです。

結婚を祝えなくても「本当のファン」と名乗っていい!という話

以前若手俳優のカノバレについて書いた記事と内容が一部かぶるけれど…

 

yogoretemoiino.hatenablog.com

 

今話題になっている嵐の二宮和也さんの結婚についても色々と思う事があり、似たような話になるけれど今回記事にしました。

過去記事では主に「匂わせや画像流出など自業自得と言えるカノバレで炎上してるの馬鹿じゃねーの?」って話と「ガチ恋じゃなくても恋愛なんて知りたくないんだよ」っていうお話をしていますが、今回はそんな話にも触れつつ「ニノの結婚をお祝いできないのは悪いことじゃないよ、それでも胸をはってファンを名乗ってくれ」というお話のつもりで書きます。

 

経緯がどんなものであれ、交際発覚や結婚発表があれば寂しく感じたり落胆したり不快な気持ちを露わにするファンはいます。そしてそれに対して「祝えないなんて本当のファンじゃない」とか「自分が結婚できると思ってたの?」みたいな言葉を投げつける人もいます。今回もそう。でもそれらは見当違いで想像力がない発想だと思うんです。実際に「本気で自分が結婚することを望んでいた」と落胆したり嫉妬から相手に攻撃的な態度をとる人も勿論いると思うけど、結婚を祝えない気持ちでいるファンの多くは適切な距離感をもって応援してきた所謂”健全な”ファンだと思います。

私はお祝いできない彼女たちに寄り添いたい…。別に私は嵐は「J-POPの中の一つとして好き」という程度のファンであって嵐・ニノのオタクなわけじゃないけど、お気持ち察しますと言いたいです。

(このブログはお二人の結婚自体を否定する内容ではありません、あくまで「結婚を不快に思うファンも居て良いんですよ」という話です)

 

これまでの伊藤綾子さんの匂わせについては検索すれば山ほど出てくると思うので具体的な例はここでは割愛します。私はあの匂わせ騒動で「ニノに彼女がいる」ということ自体にはダメージを受けませんでしたが、私の中では匂わせをした彼女だけでなくニノの好感度もなり落ちました。「ニノの彼女(女子アナ)が自身のファンに向けた公式コンテンツでジャニーズの人気アイドルとの匂わせを発信している」ということだけでなく、「結果的にそれを容認してしまっている状態であるニノ」も含めてちょっと気持ち悪いなと。社会人経験も長い大人同士が双方のファンの気持ちを蔑ろにした振る舞いをしているという印象。「嵐の二宮和也」というコンテンツに雑音がまじってしまった感じがしていました。

 

アイドルもプライベートは自由なので、基本的にファンがそれを妨げることは許されないと思います。だけどファンはプライベートを”尊重”すべきであれど”応援”まではしなくていいと思うんです。「結婚しました」に対して「許さない!認めない!別れなさい!」と妨害する権利はないけれど、「おめでたい」とまでは思わなくていいのです。勿論、祝える気持ちを持てれば双方にとって楽ではあるけれど、寂しい気持ちや嫌な気持ちを抱いたって「ファンじゃない」なんていうことはありません。内なる気持ちが肯定的であれ否定的であれ受け止めることまでが出来れば十分なんです。

ファンは「嵐の二宮和也」としてのアイドル活動・そこで見せる人柄などあくまで「仕事上で発信している面」を好きになって、その仕事に対価を払ってCDを買ったりコンサートに行ったりして応援…人によっては恋に似た感情を抱いたりしているわけですから、一個人としての交際や交友関係などプライベートなんて良くも悪くも関係ないんです。そこは商品として提供されている部分ではないし対価も払っていないのだから。

(そういう意味では結婚発表自体が不要だと私は思っています。「私事ですが」って私事なら発表しなくていいぞ!と。それを機に引退だとか育休とるとか夫婦セット売りしていきたいとか仕事に影響が出てくるなら別だけど、普段は「プライベートは見せたくない」「プライベートはそっとしておいて」みたいな空気のくせに突然「私事」を発表してきて何なら肯定・祝福・あたたかい見守りができないファンが居心地悪くなるような空気を作るなよと思ってしまいます。商品として提供されているあなたの事は好きだけどあなたのことが好きだからと言ってその配偶者やお子様のことまでは知らんがな。そんな「へえ~まあ知らんけど」派の私です。まあ、付き合ったり別れたりみたいな口約束とは別で、婚姻関係に関してはすっぱ抜かれたら否定しようがないし、さらに子供なんてできたらさすがに何処からかバレますから、今のご時世タイミングを見て自ら発表するのが無難なのでしょうけどね…。)

 

勿論「自分が知らないプライベートも含めてありのままの彼自身を応援するんだ!一人の人間として好き!」というスタンスも立派だと思いますが、それだけが「本当のファン」ではないと思います。交友関係、恋愛、結婚などというプライベートの出来事に対して肯定的な気持ちを抱いていなくても、彼の芸能活動している姿が好きで応援してきた・しているのであればそれは立派な「ファン」だと思うんです。正式に発表されたからには、ファンを続けていく上であの人と結婚という事実を受け入れていかなければならないけれど、それは肯定できなくても祝えなくてもいいんです。今回の結婚に対して、あらゆる想いから嫌な気持ちや寂しく感じる気持ちを露わにしてしまって外野の人や祝えない人を認めない排他的なファンに心ない言葉を投げられてしまった人、どうか自信を持って「自分はニノのファンだ!」と言ってほしいです。

 

…しかしプライベートは自由であるとはいえ、「一般人と同様に自由」ってわけにはいかないですよね。提供する商品が「自分自身(の一部)」である以上、自身の商品価値を落とすようなプライベートはなるべく見せないようにしてほしいものです。交際を知るにもあらゆる形があるけれど、「本人たちはファンに配慮して隠す努力をしてくれていた」という状況と「本人たち(もしくはどちらか)が交際を匂わせる内容を自らファンに向けて発信し続け、いたずらにファンを不快にさせていた」とでは受け取り方が違って当然だもの。プライベートは仕事と切り分けてそっとしておいてほしいなら、提供すべきでない部分を匂わせみたいな形で好き勝手に発信してるんじゃないよ!ってね。

 

あらためて、お祝い出来ずやり場のない想いを抱えたファンの皆様、お気持ちお察しいたします。ひとまず活動休止期間までたくさん活動するようですから、これからまた充実したオタク生活ができますように。

そして逆にこれを読んで気を悪くした方がいたらごめんなさいね。。

エスカレーター歩くな問題について思う事

つい先日、古市憲寿氏が「エスカレーター歩くな」キャンペーンに対して「禁止する意味がわからない」と発言していた。私もまさにそう思って色々と調べていたので、それについて書こうと思う。

 

私はエスカレーターでは右側を歩くことが多い。右側があいて居ない時は無理に進んだりしないが、移動時にはなるべくペースを崩さずに早く進みたいのだ。それは遅刻ギリギリだろうが時間に余裕があろうが同じことだ。

だからと言って私は「いつでも急ぐ人のために右側をあけろ」とは思っておらず、「歩く派」「とまる派」どちらかを排除するのではなく、状況に合わせて共存すべきなのでは?と考えている。例えば、百貨店のエスカレーターで右側をあけていても歩く人はほぼ皆無であるため、右側をあけるのは無駄に渋滞を招く行為だと思う。「知らない人同士でもきっちり二人ずつ乗れ」とまで効率の良さを重視すべきとは思わないけれど、連れが居る人は二人並んで乗った方がよさそう。しかし都内のラッシュ時のJR・私鉄の乗換駅にそれは当てはまらない場合も多いし、同じく都内のラッシュ時でも地下鉄の通常よりも長いエスカレーターではまた歩きたい人と止まりたい人との割合が変わってくる。一律に「右側をあける」または「両列立ち止まる」のどちらかを排除しようとするのは頑なすぎてナンセンスだ。

 

まず最近言われている「エスカレーターは片側が歩かれることを想定されて作られていない」という点だが、「エスカレーターの片側をあける」という風潮は大阪では1960年代後半ごろから、東京では1980年代後半ごろからあるらしい。つまり大阪では50年近く、東京では30年近くの間「片側は歩く人のために」というようにやってきた。それらのルールが定着する以前に作られたエスカレーターの片側歩行が想定されていないのはわかるが、それ以降に作られたものであれば「片側を歩くための仕様に」とまではいかなくても「歩かれても大丈夫」というようにはなっていなければおかしい。設置時やメンテナンス時にあらゆるケースを想定するであろう中でこの何十年もルールとして定着していた「片側は人が歩く」というケースを想定していないというのはあり得ないし、もしそうだとしたらこの数十年間、片側を歩くというルールがありながらそれを想定されていなかったことこそ問題ではないか。よって「片側を歩くことが想定されていないから歩いてはいけない」というのは説得力がない。「想定していない」というのはおそらく何か事故があった時の責任逃れ的な言い分でしかない。原則には例外がつきもの的な。

例えば、日立のサイトを見れば確かに「歩かないで」とも書いてあるけど「ベビーカーはのせないで」「ステップに荷物をのせないで」「小さい子供だけでなく高齢者も1人で乗らないで」「(大きな)物を運ばないで」など実は注意事項が多い。つまり「公式が歩くことを想定していない」という言い分を使うなら、スーツケースや旅行バッグを右側にドスンと置いている人も"想定されていない"ことになるし、足の悪い高齢者が付き添いなしで1人で乗ることも"想定されていない"ということになる。でも実際の利用状況は違う。これらすべてを守ったうえでこの主張をするのなら別だけど、「歩く派」を排除する根拠としてこれを使うには他の項目もすべて強く主張され守られない限りあまり説得力がないと言える。

参考:エスカレーターの安全なご利用について:株式会社日立ビルシステム

 

そしてよく出回っている「2列で立ち止まった方が輸送効率が高い」という検証動画について。あれはロンドンの地下鉄ホルボーン駅での実験である。この実験では2列で立ち止まって乗車することで最大で30%も効率がアップしたわけだが、これはどの駅のエスカレーターでも当てはまるものではない。あくまで「ある条件下で有効」という話であり、立ち止まる人専用エスカレーターがすべての駅での混雑緩和に適用できそうだという話ではない。あの実験では、実験と同じような効率化を見込めるテスト環境の条件として次の3つが挙げられている。

エスカレーターの高さが18.5m以上であること

エスカレーターのふもとの混雑を解消したいこと

・そこに複数の上りエスカレーターがあって、少なくとも一つは歩きたい人が歩けるようにしてあること

つまりこれは「複数本ある比較的長めの上りエスカレーターのふもとの混雑緩和」が主な課題であり、その降り口の混雑は想定されていないし、エスカレーターの長さや本数などの条件が違っても同じ結果は出ない。「危ないから歩くのをやめましょう」「エスカレーターは歩かないほうが効率的」という結果ではなくて「ある条件下では立ち止まり専用のエスカレーターを作ることも有効」という多様性の提案なのだ。

地下鉄や1フロア飛ばすタイプの長いエスカレーターというのは右側を歩く人がもともと疎らだったり、ある程度歩いたら左側の列の隙間に入ったり、あるいは止まってる人が途中から右側を歩いたりと、「一貫して右側を歩き続けて登る」という人はそう多くない。元から止まって乗る人が多く、右側は比較的スカスカなのだ。だからこそ、この実験では2列で詰めて乗るようにすれば最大30%も効率が上がるものと思われる。すべてのエスカレーターで2列で乗ることで効率化がはかれるわけではない。

実際、動画はよく見ると立ち止まる人が前にしっかり詰めて乗るのに対して歩く人の間隔が異常にあいているが、私が実際に毎日利用している駅のエスカレーターでは、止まって乗る人は前後1~2段あけて乗る人が多いし、歩く人はあんなに間隔をあいて疎らなんてことはなく列をなして絶え間なく歩いていく。私が想定している場面とはだいぶ違う。実験の結果に当てはまらない場合もあるのだ。

参考:The simulation that proves standing only escalators work on the Tube - Telegraph

 

それからよく見かけるのが「急いでいるなら(歩きたいなら)階段を使え」という言葉。100歩譲って「エスカレーターは歩いてはいけない」を守ったとしても、これについては頷くことが出来ず、何とも無責任な提案に感じる。なぜなら、JR・私鉄の乗換駅のラッシュ時の階段なんてエスカレーターに立ち止まって乗るよりも遅くなることもざらだから。まず、進む速度が人それぞれなのでとてもゆっっっくり進む人達が前を歩いていれば後ろに立つ人はそれに准じてどんどん渋滞が起こり、じわじわとゆっくり進むしかなくなる。それに加えて、「上り優先」「下り優先」というものを無視して隙間を縫って危険な逆走してくる人も多く、急ぐどころか普通に進むのすら困難である。「遅くなってもいいからどうしても歩きたいという人は階段を」というなら理解するが「急ぐなら階段を」というのは少なくとも私が利用している乗換駅のラッシュ時には当てはまらない。

 

また、「足が悪い人」「大きな荷物がある人」など階段を利用することが困難な人や「片側の手でしか手すりを持てない人」への配慮という点だが、そんなのはエスカレーター利用時に限らず階段でも平たい道でも普通は配慮することが大前提だ。事情がある人に対して悪態をついたり乱暴な態度で押しのけるのは、止まる歩くのルール以前に個人の人格の問題である。

しかしそもそも前述の注意書きの通り、エスカレーターは階段利用が困難な人にとっては便利であれど安全な乗り物ではない。動いている足場に乗り、動いている足場から降りるというのは足が悪い人には危険である。衣類などが強い力で巻き込まれる恐れがある・またギザギザとした形状などから、転倒時には階段よりも危ない。片手しか使えない場合は転んだ時や前の人の荷物が転げ落ちてきた時に上手く手をつくこともできない。大きなキャリーケースなどは一般的なエスカレーターのベルトの幅に合わず不安定で、少しでも手を離せば即座に下に落下して人を巻き込む事態になりかねない。本来はそれらの人たちはエスカレーターの利用は危険とされていて、エレベーターの利用が推奨されているのだ。ところが、「歩かないで」という注意があっても右側を歩くルールが適用されてきたことと同様、これらもまた実情は違っている。エレベーターは一般的な動線から外れてしまってわかりにくい・混雑時には待ち時間が生じるというデメリットもあるため、そのデメリットよりも多少のリスクをエスカレーターを選択して利用しているということになる。つまり、「危ないから」という理由で歩く派を排除するのであれば「危ないから」という理由で足が悪いひとや限られた方の手すりしか利用できない人・荷物が大きい人も排除されることになる。結局は双方ともに「階段・エレベーター利用時のデメリットとエスカレーター利用のリスクを天秤にかけ、自らの事情でそのリスクを選択して利用している」と考えられる。(中には階段やエスカレーターの設置がなく選択の余地がない場合もあるだろうけれど…)「危ないから」を理由に「歩く人」だけを排除するというのはあまりに一方的で乱暴である。

 

結論、その場の状況を見ながら右側で立ち止まってもいいし歩いても良いと私は考える。みんながお互いに配慮しあうべきである。急ぎたい人は「立ち止まりたい人・右側に立たざるを得ない人・右側を塞がざるを得ない状況の人がいる」と理解すべきだし、止まる人も「急ぎたい人もいる」と理解し、互いが出来る範囲で尊重し合えばよい。それが出来ないのなら、「歩く人」も排除すべきであると同時に「大きな荷物の人」も「高齢者など足が悪い人の単独利用」も「ベビーカーの利用」も注意書きに則らないものはすべて排除すべきである。

そして今、実情を考慮した上でできる安全対策は「歩く・歩かない」よりもまずはエスカレーター利用時は「なるべく手すりに摑まる」「降り口で立ち止まらない」ということ、混雑時の階段の各方向優先レーンの逆走防止の徹底、本来エレベーターの利用を推奨されている人達が優先的にエレベーターを利用できることを徹底・その動線をわかりやすくすること。これらが今できる、多くの人にとって優しい安全対策なのではないか。

油田肌のテカらない下地について

私の顔はとにかくテカりがすごい。

コスメカウンターの診断では水分量が少なく皮脂が多く出ているという結果になる所謂「インナードライ」というタイプ。BAさんは「お肌が元気」という表現をしてくださるけれど、まあとにかく1年中めっちゃテカる。水分量を増やそうと保湿に力を入れてもテカテカになってしまうし、皮脂対策をすると乾燥して結局テカテカになってしまう厄介な肌質である。各所で「皮脂につよい」と謳われているセザンヌエテュセマキアージュプリマヴィスタだとかアプリ肌になれるとネット販売でひそかに人気のIBUKI(これは海外製品ですがワタシプラスでのみ日本からの発送で買えます)だとか、その一世代前に流行ったものだとキスのマットシフォンなど、色々な皮脂テカり防止に良いとされる下地を試したけれど、どれもちょっとしたおまじない程度の効果というか…「つけないよりはマシだから一応つけるけど、まあテカるよね」という結果だった(マットシフォンに関しては毛穴が詰まってプツプツが出来やすかったので使用をやめた)。メイクの上からお直しにも使えるかとかポーチに収まりやすいかとかお財布事情とかそういう点で比較して使い分ける程度なもので、「これは絶対にテカらない」「これをつけていれば安心!」なんてものは存在しなかった。美容系で絶賛されてるものって大抵そんなものだと思う。パックやスキンケアも「これを付けた翌日はうるうるプリプリ!」「これだけで調子がよくなる!」ってのもそれ最初からそこそこ肌の調子良いでしょって感じだし、テカリ防止も「これつけたら1日中テカらない!」って人はもともとそこまでテカらないし崩れにくい人でしょうって感じ…じゃないですか?

 

そんな中、メンズ用のコスメコーナーを通りかかった際になんとなく目についたテックスメックスというものを買ってみた。これはメンズ用のスキンケアジェル。小さい容器ですが伸びが良いことと厚塗りには適さないため、そんな割高感はないです。塗るときにはスースーするというメンズスキンケアにありがちな使用感で、皮脂吸着パウダーが入っているので被膜感というか、すでに下地+パウダーを重ねたような仕上がり感がある。そのため、メイクの下地として使うならTゾーンなどのテカりが気になる部分のみに薄く塗って、なるべくその部分にはあれこれ重ねないことがおすすめ。私はこれを塗った部分にはミラコレorセザンヌのUVクリアフェイスパウダーで軽く質感を調整するのみにしています。

結論から言うと、確かにこれは「テカらない」という点では優れている。ただ、油田の私にとっては「サラサラなまま」ということにもならない。「見た目はテカっていないけど触るとぬるぬる」という不思議な感じになる。おそらく配合されている皮脂吸着さらさらパウダーが限界まで皮脂を吸ってもうギリギリな感じでもちこたえてくれているような状態。なので、少しでも触ると即座に皮脂吸着パウダーとその上に重ねたパウダーがバランスを崩してよれてしまう感じで、物凄いムラになる。眼鏡をかける場合はメガネの鼻の部分のヨレもすごく目立つと思う。髪を耳にかけたりする時とかふとした拍子に少し手が顔にかすったりしただけでもムラが出来る。

女性用の皮脂テカり防止下地系はメイクを重ねること前提に作られているからそこまで崩れ方が汚くないというか、テカるときにはもっと潔くテカってしまう分、変な残り方もしないイメージだったけれど(人により毛穴落ちなどあると思うけど)、これに関してはメンズ用であり、メイクなどせずこのジェル(+配合パウダー)で完結することが前提に作られているので、その上にメイクを重ねたらヨレやすくて当然。イメージ的にはリキッドファンデ+フェイスパウダーを仕上げたあとにメイクし始めるのと同じようなもの。

女性用の各種テカり防止との違いだけれど、やはり「至近距離で見たときの崩れ方の綺麗さ・汚さ」という点では女性用の下地の方が綺麗だと思う。ただ、そこそこの距離から見てとにかく「テカってない」という点を重視する、直せない状況で不意に撮った写真でテカテカに写ってしまうのを防ぎたい、あるいはお泊りの時などのすっぴんの時にテカテカしてしまうのを抑えたい・化粧はしたくないけどなんとなーく毛穴を綺麗に見せたいというのであればテックスメックスが良いのかもしれない。

 

やはり、油田肌はそれをなかったことには出来ないよね。色々試して頑張りましょう…。

 

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