リアルファー反対なのもわかるけれど、今後の話をしましょうよ

長年大切に使っているリアルファーの製品がいくつかあります。祖母の形見であるミンクの帽子とショール(何十年も前の物かも)、10年近く前に買ってもらったレッキスファーのコート。それから、数年前まで着ていたコートの襟周りについていたラクーン・フォックスのファーは今はティペットにリメイクして使用しています。挙げた所持品数がそれほど多くない(そしてどれも古い)ことからもわかる通り、「毛皮が好きなのでよく購入します」ということではないのですが、防寒という点でこれ以上に優秀なものを私は知らないので、持っているものに関してはなるべく長く使えるように出来る限りの工夫をしています。今は動物愛護の面などからもフェイクファー(エコファー)が流行っており、私自身も近年は特に毛皮製品を購入していませんが、今持っているものについては私は今後も大切に使いたいと思っています。

 

リアルファーの使用を反対する人が多くいることは、理解します。私もリアルファーの製造過程については思うこともありますし、肉や魚が生きている姿からスーパーに並ぶパック詰めになるまでの過程もそうですし、切り身になっていない魚をおろすときにも躊躇いがあります。私はそれでも身に着けているし食べているけれど、そこで「食べない」「身に着けない」という選択をする人がいることもわかります。そのような選択をすると「じゃあ革製品は?羽毛布団は?野菜はいいの?卵は?」などと言われることがあるかもしれないけれど、自分の中で「これなら良い」と思える線引きは感覚的なものだと思うし、その選択をするのに他人に対して矛盾なく説明できなくても良いものだと思っています。ただしそれは他人にそれを押し付けないことが前提での話です。現時点で日本では一般的に購入が可能な状態なのですから、それぞれの選択が尊重されて良いと思っています。

 

先日、私が身に着けているリアルファー製品をみた友人に「見た目が可愛いからってリアルファーはダメだよ、フェイクファーも今は見た目も肌触りもリアルだし十分だよ!死体を身に着けているみたいで嫌じゃないの?私はリアルファーなんて絶対に買わない!フェイクファーにしなよ!」などと強い口調で延々とリアルファーを非難されるとともに、フェイクファー製品を執拗に勧められました。私が長年大切に使っている物に対して突然敵意のようなものを向けられたことに驚いたし、内容もあまりピンと来ませんでした。私は「毛皮は防寒にとても適している」と思っていましたが「装飾として身に着けている」という感覚がなかったのです。勿論アパレル商品ですからデザイン性もありますし華やかで素敵なものだと思いますが、個人的には「見た目は少しゴツいけど暖かいから…」と実用性重視で身に着けていたものなので、「毛皮製品を身に着ける人=自分を着飾るために動物を見殺しにして死体を身に着けている人」みたいな発想があまり自分の中での毛皮に対する感覚とマッチしなかったのです。彼女の中では「毛皮=とても実用的で優秀な防寒具」という大前提が抜け落ちていたように思います。私は彼女の主張に納得するよりも、色々と決めつけられた状態で非難されたことによる不快な気持ちが大きかったです。どこかの受け売りでリアルファーのデメリットとフェイクファーのメリットだけを見て感化されたのでしょうか。彼女にとってはそれが正義だったかもしれないけれど、私にとっては一方的で感情的な暴言でした。

彼女は私にどうしてほしかったのか疑問です。「そうだね!毛皮は良くないね!もうこれは捨てます!」とリアルファー製品を捨てて、類似した形のフェイクファーの製品を身に着ければ満足だったのでしょうか。まだこれからも十分に着用可能な状態の毛皮製品を無駄にして、なんらかの形で環境破壊に加担しているかもしれないフェイクファーを身に着けることが何に対して良き影響をもたらす行為なのでしょうか。

 

今後の生産や購入をどうしていくべきかという問題については私も色々と思うことはありますが、ここでどうすべきかと答えを出すことは私には難しいです。毛皮にメリットとデメリットがあるようにフェイクファーにもメリットとデメリットがあり、どういった改善が可能か不可能か…不勉強な状態で「こうすべきだ!」という判断は私にはできません。しかし、一部のハイブランドやセレブがリアルファーからフェイクファーへ切り替えたことからも、現状をしっかり調べて動物愛護や環境問題に真剣に向き合う層よりももっと浅いところで、私を非難した友人のようにトレンド感覚で「リアルファーは悪!今時はエコファーがいけてる!!」みたいに主張する風潮があるように思いますし、ネットで出回るわかりやすくショッキングな映像なども手伝いそれはもっと広がるのでしょう。

そのトレンドにより、毛皮反対派の主張のメインが"今後どうすべきか"という議論ではなくて「毛皮製品を身に着けている人への非難」という短絡的な攻撃になってしまうことを私は恐れています。所持している毛皮を手放す,破棄する,しまい込むしかないような状況は、動物愛護にも環境保護にもつながらない、ただの感情的な制圧でしかありません。

 

リアルファーの販売・購入に肯定的であれ否定的であれ、またはそのどちらでもなくても、「既に持っているものに関しては大切に使いましょう」は共通の認識で良いのではないかと思うんです。毛皮を愛用するひとの中には、その目的が装飾であれ実用性であれしっかりお手入れをしたり時代や年齢に合わせてリメイクしたりと、本当に長く大切にされている方が多くいらっしゃると思います。私が所持しているものもどれも古い物だし、祖母の形見なんて古すぎていつのものかわからないくらいですが、毛艶もよく裏地も綺麗な状態なので今後も長く使いたいのです。それは今後もし仮に毛皮の生産や販売に制限が設けられたとしても同じです。所持している以上は、無駄にしまい込んだり捨てたりすることこそ愚かだと思います。

 

今所持している人を責めるのではなく、今後の話をしたいですよね。