エスカレーター歩くな問題について思う事

つい先日、古市憲寿氏が「エスカレーター歩くな」キャンペーンに対して「禁止する意味がわからない」と発言していた。私もまさにそう思って色々と調べていたので、それについて書こうと思う。

 

私はエスカレーターでは右側を歩くことが多い。右側があいて居ない時は無理に進んだりしないが、移動時にはなるべくペースを崩さずに早く進みたいのだ。それは遅刻ギリギリだろうが時間に余裕があろうが同じことだ。

だからと言って私は「いつでも急ぐ人のために右側をあけろ」とは思っておらず、「歩く派」「とまる派」どちらかを排除するのではなく、状況に合わせて共存すべきなのでは?と考えている。例えば、百貨店のエスカレーターで右側をあけていても歩く人はほぼ皆無であるため、右側をあけるのは無駄に渋滞を招く行為だと思う。「知らない人同士でもきっちり二人ずつ乗れ」とまで効率の良さを重視すべきとは思わないけれど、連れが居る人は二人並んで乗った方がよさそう。しかし都内のラッシュ時のJR・私鉄の乗換駅にそれは当てはまらない場合も多いし、同じく都内のラッシュ時でも地下鉄の通常よりも長いエスカレーターではまた歩きたい人と止まりたい人との割合が変わってくる。一律に「右側をあける」または「両列立ち止まる」のどちらかを排除しようとするのは頑なすぎてナンセンスだ。

 

まず最近言われている「エスカレーターは片側が歩かれることを想定されて作られていない」という点だが、「エスカレーターの片側をあける」という風潮は大阪では1960年代後半ごろから、東京では1980年代後半ごろからあるらしい。つまり大阪では50年近く、東京では30年近くの間「片側は歩く人のために」というようにやってきた。それらのルールが定着する以前に作られたエスカレーターの片側歩行が想定されていないのはわかるが、それ以降に作られたものであれば「片側を歩くための仕様に」とまではいかなくても「歩かれても大丈夫」というようにはなっていなければおかしい。設置時やメンテナンス時にあらゆるケースを想定するであろう中でこの何十年もルールとして定着していた「片側は人が歩く」というケースを想定していないというのはあり得ないし、もしそうだとしたらこの数十年間、片側を歩くというルールがありながらそれを想定されていなかったことこそ問題ではないか。よって「片側を歩くことが想定されていないから歩いてはいけない」というのは説得力がない。「想定していない」というのはおそらく何か事故があった時の責任逃れ的な言い分でしかない。原則には例外がつきもの的な。

例えば、日立のサイトを見れば確かに「歩かないで」とも書いてあるけど「ベビーカーはのせないで」「ステップに荷物をのせないで」「小さい子供だけでなく高齢者も1人で乗らないで」「(大きな)物を運ばないで」など実は注意事項が多い。つまり「公式が歩くことを想定していない」という言い分を使うなら、スーツケースや旅行バッグを右側にドスンと置いている人も"想定されていない"ことになるし、足の悪い高齢者が付き添いなしで1人で乗ることも"想定されていない"ということになる。でも実際の利用状況は違う。これらすべてを守ったうえでこの主張をするのなら別だけど、「歩く派」を排除する根拠としてこれを使うには他の項目もすべて強く主張され守られない限りあまり説得力がないと言える。

参考:エスカレーターの安全なご利用について:株式会社日立ビルシステム

 

そしてよく出回っている「2列で立ち止まった方が輸送効率が高い」という検証動画について。あれはロンドンの地下鉄ホルボーン駅での実験である。この実験では2列で立ち止まって乗車することで最大で30%も効率がアップしたわけだが、これはどの駅のエスカレーターでも当てはまるものではない。あくまで「ある条件下で有効」という話であり、立ち止まる人専用エスカレーターがすべての駅での混雑緩和に適用できそうだという話ではない。あの実験では、実験と同じような効率化を見込めるテスト環境の条件として次の3つが挙げられている。

エスカレーターの高さが18.5m以上であること

エスカレーターのふもとの混雑を解消したいこと

・そこに複数の上りエスカレーターがあって、少なくとも一つは歩きたい人が歩けるようにしてあること

つまりこれは「複数本ある比較的長めの上りエスカレーターのふもとの混雑緩和」が主な課題であり、その降り口の混雑は想定されていないし、エスカレーターの長さや本数などの条件が違っても同じ結果は出ない。「危ないから歩くのをやめましょう」「エスカレーターは歩かないほうが効率的」という結果ではなくて「ある条件下では立ち止まり専用のエスカレーターを作ることも有効」という多様性の提案なのだ。

地下鉄や1フロア飛ばすタイプの長いエスカレーターというのは右側を歩く人がもともと疎らだったり、ある程度歩いたら左側の列の隙間に入ったり、あるいは止まってる人が途中から右側を歩いたりと、「一貫して右側を歩き続けて登る」という人はそう多くない。元から止まって乗る人が多く、右側は比較的スカスカなのだ。だからこそ、この実験では2列で詰めて乗るようにすれば最大30%も効率が上がるものと思われる。すべてのエスカレーターで2列で乗ることで効率化がはかれるわけではない。

実際、動画はよく見ると立ち止まる人が前にしっかり詰めて乗るのに対して歩く人の間隔が異常にあいているが、私が実際に毎日利用している駅のエスカレーターでは、止まって乗る人は前後1~2段あけて乗る人が多いし、歩く人はあんなに間隔をあいて疎らなんてことはなく列をなして絶え間なく歩いていく。私が想定している場面とはだいぶ違う。実験の結果に当てはまらない場合もあるのだ。

参考:The simulation that proves standing only escalators work on the Tube - Telegraph

 

それからよく見かけるのが「急いでいるなら(歩きたいなら)階段を使え」という言葉。100歩譲って「エスカレーターは歩いてはいけない」を守ったとしても、これについては頷くことが出来ず、何とも無責任な提案に感じる。なぜなら、JR・私鉄の乗換駅のラッシュ時の階段なんてエスカレーターに立ち止まって乗るよりも遅くなることもざらだから。まず、進む速度が人それぞれなのでとてもゆっっっくり進む人達が前を歩いていれば後ろに立つ人はそれに准じてどんどん渋滞が起こり、じわじわとゆっくり進むしかなくなる。それに加えて、「上り優先」「下り優先」というものを無視して隙間を縫って危険な逆走してくる人も多く、急ぐどころか普通に進むのすら困難である。「遅くなってもいいからどうしても歩きたいという人は階段を」というなら理解するが「急ぐなら階段を」というのは少なくとも私が利用している乗換駅のラッシュ時には当てはまらない。

 

また、「足が悪い人」「大きな荷物がある人」など階段を利用することが困難な人や「片側の手でしか手すりを持てない人」への配慮という点だが、そんなのはエスカレーター利用時に限らず階段でも平たい道でも普通は配慮することが大前提だ。事情がある人に対して悪態をついたり乱暴な態度で押しのけるのは、止まる歩くのルール以前に個人の人格の問題である。

しかしそもそも前述の注意書きの通り、エスカレーターは階段利用が困難な人にとっては便利であれど安全な乗り物ではない。動いている足場に乗り、動いている足場から降りるというのは足が悪い人には危険である。衣類などが強い力で巻き込まれる恐れがある・またギザギザとした形状などから、転倒時には階段よりも危ない。片手しか使えない場合は転んだ時や前の人の荷物が転げ落ちてきた時に上手く手をつくこともできない。大きなキャリーケースなどは一般的なエスカレーターのベルトの幅に合わず不安定で、少しでも手を離せば即座に下に落下して人を巻き込む事態になりかねない。本来はそれらの人たちはエスカレーターの利用は危険とされていて、エレベーターの利用が推奨されているのだ。ところが、「歩かないで」という注意があっても右側を歩くルールが適用されてきたことと同様、これらもまた実情は違っている。エレベーターは一般的な動線から外れてしまってわかりにくい・混雑時には待ち時間が生じるというデメリットもあるため、そのデメリットよりも多少のリスクをエスカレーターを選択して利用しているということになる。つまり、「危ないから」という理由で歩く派を排除するのであれば「危ないから」という理由で足が悪いひとや限られた方の手すりしか利用できない人・荷物が大きい人も排除されることになる。結局は双方ともに「階段・エレベーター利用時のデメリットとエスカレーター利用のリスクを天秤にかけ、自らの事情でそのリスクを選択して利用している」と考えられる。(中には階段やエスカレーターの設置がなく選択の余地がない場合もあるだろうけれど…)「危ないから」を理由に「歩く人」だけを排除するというのはあまりに一方的で乱暴である。

 

結論、その場の状況を見ながら右側で立ち止まってもいいし歩いても良いと私は考える。みんながお互いに配慮しあうべきである。急ぎたい人は「立ち止まりたい人・右側に立たざるを得ない人・右側を塞がざるを得ない状況の人がいる」と理解すべきだし、止まる人も「急ぎたい人もいる」と理解し、互いが出来る範囲で尊重し合えばよい。それが出来ないのなら、「歩く人」も排除すべきであると同時に「大きな荷物の人」も「高齢者など足が悪い人の単独利用」も「ベビーカーの利用」も注意書きに則らないものはすべて排除すべきである。

そして今、実情を考慮した上でできる安全対策は「歩く・歩かない」よりもまずはエスカレーター利用時は「なるべく手すりに摑まる」「降り口で立ち止まらない」ということ、混雑時の階段の各方向優先レーンの逆走防止の徹底、本来エレベーターの利用を推奨されている人達が優先的にエレベーターを利用できることを徹底・その動線をわかりやすくすること。これらが今できる、多くの人にとって優しい安全対策なのではないか。

油田肌のテカらない下地について

私の顔はとにかくテカりがすごい。

コスメカウンターの診断では水分量が少なく皮脂が多く出ているという結果になる所謂「インナードライ」というタイプ。BAさんは「お肌が元気」という表現をしてくださるけれど、まあとにかく1年中めっちゃテカる。水分量を増やそうと保湿に力を入れてもテカテカになってしまうし、皮脂対策をすると乾燥して結局テカテカになってしまう厄介な肌質である。各所で「皮脂につよい」と謳われているセザンヌエテュセマキアージュプリマヴィスタだとかアプリ肌になれるとネット販売でひそかに人気のIBUKI(これは海外製品ですがワタシプラスでのみ日本からの発送で買えます)だとか、その一世代前に流行ったものだとキスのマットシフォンなど、色々な皮脂テカり防止に良いとされる下地を試したけれど、どれもちょっとしたおまじない程度の効果というか…「つけないよりはマシだから一応つけるけど、まあテカるよね」という結果だった(マットシフォンに関しては毛穴が詰まってプツプツが出来やすかったので使用をやめた)。メイクの上からお直しにも使えるかとかポーチに収まりやすいかとかお財布事情とかそういう点で比較して使い分ける程度なもので、「これは絶対にテカらない」「これをつけていれば安心!」なんてものは存在しなかった。美容系で絶賛されてるものって大抵そんなものだと思う。パックやスキンケアも「これを付けた翌日はうるうるプリプリ!」「これだけで調子がよくなる!」ってのもそれ最初からそこそこ肌の調子良いでしょって感じだし、テカリ防止も「これつけたら1日中テカらない!」って人はもともとそこまでテカらないし崩れにくい人でしょうって感じ…じゃないですか?

 

そんな中、メンズ用のコスメコーナーを通りかかった際になんとなく目についたテックスメックスというものを買ってみた。これはメンズ用のスキンケアジェル。小さい容器ですが伸びが良いことと厚塗りには適さないため、そんな割高感はないです。塗るときにはスースーするというメンズスキンケアにありがちな使用感で、皮脂吸着パウダーが入っているので被膜感というか、すでに下地+パウダーを重ねたような仕上がり感がある。そのため、メイクの下地として使うならTゾーンなどのテカりが気になる部分のみに薄く塗って、なるべくその部分にはあれこれ重ねないことがおすすめ。私はこれを塗った部分にはミラコレorセザンヌのUVクリアフェイスパウダーで軽く質感を調整するのみにしています。

結論から言うと、確かにこれは「テカらない」という点では優れている。ただ、油田の私にとっては「サラサラなまま」ということにもならない。「見た目はテカっていないけど触るとぬるぬる」という不思議な感じになる。おそらく配合されている皮脂吸着さらさらパウダーが限界まで皮脂を吸ってもうギリギリな感じでもちこたえてくれているような状態。なので、少しでも触ると即座に皮脂吸着パウダーとその上に重ねたパウダーがバランスを崩してよれてしまう感じで、物凄いムラになる。眼鏡をかける場合はメガネの鼻の部分のヨレもすごく目立つと思う。髪を耳にかけたりする時とかふとした拍子に少し手が顔にかすったりしただけでもムラが出来る。

女性用の皮脂テカり防止下地系はメイクを重ねること前提に作られているからそこまで崩れ方が汚くないというか、テカるときにはもっと潔くテカってしまう分、変な残り方もしないイメージだったけれど(人により毛穴落ちなどあると思うけど)、これに関してはメンズ用であり、メイクなどせずこのジェル(+配合パウダー)で完結することが前提に作られているので、その上にメイクを重ねたらヨレやすくて当然。イメージ的にはリキッドファンデ+フェイスパウダーを仕上げたあとにメイクし始めるのと同じようなもの。

女性用の各種テカり防止との違いだけれど、やはり「至近距離で見たときの崩れ方の綺麗さ・汚さ」という点では女性用の下地の方が綺麗だと思う。ただ、そこそこの距離から見てとにかく「テカってない」という点を重視する、直せない状況で不意に撮った写真でテカテカに写ってしまうのを防ぎたい、あるいはお泊りの時などのすっぴんの時にテカテカしてしまうのを抑えたい・化粧はしたくないけどなんとなーく毛穴を綺麗に見せたいというのであればテックスメックスが良いのかもしれない。

 

やはり、油田肌はそれをなかったことには出来ないよね。色々試して頑張りましょう…。

 

アマゾン・楽天ともにでの最安値を貼っているので、それぞれの会員登録やポイント状況などを見てどうぞ。

 

 

 

3秒で人を幸せにする力。

  少し前の話になるが、元48グループの方と握手をする機会があった。「握手会」という名目のものではなく、参加していたイベントの最後に彼女がお見送りの握手をしてくれるというものだった。それを初めて体験して「ああ、これは握手券1枚分のほんの数秒でも素敵な体験なのだろうな」と、ほんの数秒の握手のためにAKB48CDを何枚も買って行列に並ぶファンの気持ちが少しだけわかってしまった。

 

 握手するコーナーはパーテーションで軽く仕切られていて、まあまあ速いテンポで人が入っては出てきていた。そこから出てくる人達はみんなすごく幸せそうな顔でニコニコしていたのが印象的だった。他人の置かれている状況に対して「幸せそう」と思うことはあるけれど、表情に対してここまでハッキリと「幸せそう」だと思うのは初めてかもしれない。「嬉しそう」や「楽しそう」ではなくて「幸せそう」という言葉がすごくしっくりくる表情だった。

 私は彼女に何と話しかけるかを脳内で何度もシュミレーションしながらパーテーションの中に入った。前の人が後ろ歩きをしながら名残惜しそうに出ていくところだった。私は握手をしてすぐに決めていた言葉を言うと、彼女はこちらの目をじっと見てそれを聞いてくれて、瞬時にその言葉に対するとても嬉しい返答をしてくれた。歩きながら握手して通りすぎるような感じできっとその会話も2~3秒なのだけど、パーテーションから出てきた私の顔も幸せそうな表情だったに違いない。

 

 私が彼女に言った言葉はおそらく他にも同じことを言った人がいると思われるもので、それらには同じ言葉を返していると思う。それでもやはり私の目をしっかり見て返してくれるその言葉はとても嬉しかった。「突然話しかけてくる知らない人に対して、相手が嬉しくなるような返答を瞬時にできる」というのは本当にすごいスキルだ。握手会では、瞬時に答えなければ相手はすぐに去ってしまう。与えられたほんの数秒で相手を楽しませるってすごく大変なこと。たとえ「こんな言葉に対してはこう言う」とある程度のパターンを考えていたとしても、普通の人なら一瞬つまると思う。次にどんな人のどんな言葉がくるかわからない状況で、瞬時に的確な対応をするスキル、本当に素晴らしかった。「握手会が上手くなっても別に」と思うかもしれないけれど、発言に対するレスポンスが早くて的確なのって芸能関係に限らず日常的な人間関係でも生かせるものだと思うし、タレントさんだとバラエティでのコメントの瞬発力も鍛えられるんじゃないかと思う。きっとアイドル側でも握手会に対する姿勢って様々だと思うけれど、こうして力にしていける人はきっと他の場所でも上手くいくだろう。

 

 たかが3秒、されど3秒。交わした言葉は少なくても「相手が自分とコミュニケーションをとろうと努力してくれる姿勢」というのは嬉しいものだ。その言葉自体が特別なものじゃなくても、その心遣いが嬉しい。彼女には3秒で人を幸せにする力が確かにあった。

 

芸能人との接触イベントについては色々と思う事があるので、次の記事も関連したことを書こうと思います。

 

うたプリ映画の マジLOVEキングダムに期待しすぎた話

うたプリに関する知識と言えば「スターリッシュ?っていうアイドルグループ」「翔ちゃんという子、可愛い」「レン様という人かっこいいし御曹司らしい」「マジLOVE1000%っていう曲結構好き」「2.5次元の劇シャイのDVDは観たことある」くらいなものだった私が、友人に連れられてマジLOVEキングダムに入国してきました。(応援上映

「ストーリーやキャラの知識なくてもコンサートのライブビューイングみたいな感じだから楽しめるからおいでよ!アイドル好きなら絶対ハマる!」と聞いたので、アイドル(3次元)のコンサートに行くのが大好きで、あんスタやときレスやラブライブなど2次元アイドルの楽曲も結構すきな私は「それならば…!」と行ってみることにした。が、コンサートだと思って行ってしまった率直な感想は

 

 

正直しんどい。(真顔)

 

 

でした。

以下、映画で気になってしまったことを書いています。キャラクター達を悪く言うような文章ではありませんが称賛以外の言葉が不快な方は読まないでくださいね。

 

いやー…周囲で大絶賛されてる中でそんなこと言えなかったけど、本当にしんどかった。

曲を披露しているときは良いのです。舞台演出はありえないくらいぶっとんでて「!?」って感じだけどまあそこはアニメだしってことで、確かに曲中はアイドルのコンサート感覚で楽しめます。しかし、ストーリーやキャラを知らずにコンサート感覚で行った私からすると「やけにMCが長くて曲数が少ない」「そしてそのMCがすごくつまらない」というところが致命的にしんどい。(ずっと好きだった人達にとっては心に響くMCなのでしょうけど、初見だと置いてけぼり…。)そしてコンサートなのに「アイドル」というよりも「乙女ゲー」的な要素が色濃すぎる。一人ひとりが乙女ゲーのスチルめいた決めゼリフ(ちょっとはっきり覚えてないけど「君を離さない…」的な二人称が単数のそれっぽいセリフ)を順々に言ったりする夢女向けパート、ついていけませんでした…。決め台詞の後に「…な~んてね!?かっこよかった!?」みたいに茶化すならわかるけど、ガチなんだもん…。普通のコンサートであれを言い出したら普通は即座に突っ込みが入って笑いが起きるか、ガチで言ってるなら「どんな私信?関係者席に女いるの?」となるかですよ…()それと、やはりそれぞれのキャラの個性が強すぎてちょっとアイドルのMCとは思えない空気感というか…画面の中の攻略対象としてならいいけど、コンサートでそういう感じだとおかしいね!?みたいなキャラが結構いるんですよね…。そして複数人でのMCでも掛け合いにならないでみんながお行儀よく順番に喋る。「誰かがしゃべっているときはほかのメンバーは黙る」という感じで、誰かの発言にかぶせてつっこんだり「はいはい!」って挙手したりみたいなコンサートならではのわちゃわちゃ感がほとんどない。すごく不自然!()

あと、映画自体にも歓声入りだし応援上映推奨な感じでやってるわりに、声援をはさむ間合いがない!コールいれてると間合いが足りなくて次のセリフがすぐに来ちゃう。すごい一方通行感!!()まじらぶ~\きんぐだむ/のコール&レスポンスも練習なのか本チャンなのか何回やらせんの!?みたいな感じだったし()振りの下手さだけリアルかよ…()

 

とにかく友人が言うような「コンサートのライビュ感覚だからミリ知らでも楽しめる」みたいな感じには思えなくて、「えっ…」「えぇ…!」と思っていたら終わってしまいました。「アイドルのコンサートが1,800円で楽しめるなんて!」と意気込んでいたのに…途中からは楽しみ方がわからなくなって真顔でペンラ振るマシーンと化してしまった。私はわりと布教されるとなんでも素直に「いいね!楽しい!」ってなっちゃうタイプなのに、今回だめだった。。こんなこともあるのね。あまりにもタイムライン上で絶賛されているので期待しすぎてしまったのかもしれない。そもそも初見が観ることはほとんど前提になくファンに向けて作られたものだと思うし、プリンスさまたちは何も悪くないんだよ、ただ私があの王国に入国する準備があまりに出来ていなかっただけで…。友人が楽しいものが私も楽しいとは限らないし、誘われたからってよく知らんものでも何でもほいほい行くのはやめようと肝に銘じました。

食わず嫌いをして素敵なものに出会うチャンスを逃すのも勿体ないんだけどねぇ。

 

 

ダスキンの食器用スポンジが素晴らしい

タイトルの通りなのですが、ダスキンの食器用スポンジがとにかく素晴らしくてびっくりした話なので、「ダスキンって良さそうだけど、高くね…?」と思って買うのを躊躇っている人にぜひ読んでほしい(笑)ステマじゃなくて本当に個人的なおすすめです。

 

職場の職域販売で定価より少し安く売っていたのがダスキンのスポンジとの出会いでした。スポンジ10個で1800円相当のところが1500円くらいになっていたのですが、周りのお姉さんたちと「1個あたり150円って…安いんですか…?」「私3個で100円のスポンジ使ってる」「私もIKEAの安いやつ使ってるからお得感がわからない…」と、「「「セールになっても全然高いやんけ…ダスキンさん…」」」という空気になっていました。庶民的な感覚の人ならそう思う人が多いですよね。スポンジって消耗品だしすぐ汚くなったり臭いが気になったりボロボロになったりするから、選ぶポイントと言えば価格と好みのサイズ感くらいなもので。1個180円が150円になろうが普通の感覚でいえば全然高いんですよね。ところが社内で既に使用してる人たちが「本当に良い!」と言って結構な量をまとめ買いしているのを見て、「みんながそういうなら試しに買ってみようか…」とだまされたつもりで買ってみたのでした。

 

触ってみた感じはよくあるスポンジより結構かためだな~っていうくらいで特別な感じはしなかったのですが、これが本当にすごい!グラタン皿やお鍋の焦げ付いてしまった部分も力を入れずにするっとなでればスポンジがからめとってくれるし、今までならカレーを調理したあとのお鍋を洗ったらそのスポンジとはサヨナラしていたのですが(笑)これはお鍋やお皿にこびりついたカレーやトマトソースを洗ったあとでも揉みながら水で軽く流せばスポンジに全然残らないのです。使っていると買った当初より少し柔らかくなってきますが、それはそれで「へたれてくる」というよりは「なじんでくる」という感じで、換え時がわからないくらい全然へこたれない。食器を洗うものなので衛生面を考えて私は2か月くらいを目安に変えていますが、感覚的には正直もっと使える…!

ちなみにこれはダスキンのスポンジ以外でもそうなのですが、使った後は泡がついたまま放置したりせず、流水で洗ってしっかり水気を切って置くと清潔に保てるし臭くなりにくいです。除菌する感覚で泡がついたまま放置するのはNGみたい。

 


 

 

そんなわけで2か月目安に食器洗いというお仕事からは引退させるもののまだまだ使えそうなので、ダスキンの店員さんのすすめで、台所を引退したスポンジはお風呂掃除やシンク・ガスコンロの掃除用などにジョブチェンジして使い続けています。最初はセールですら「高いな…」と思いつつ買ったけれど、今は定価でも買っているし、実家の母にプレゼントしたり家事を担っている友人にもプレゼントしたりしています。ダスキンのギフトセット(←一番見やすい、公式サイト。キッチンに特化したセットやお風呂セットなど、用途や価格帯別で色々あります♪)もあるので、近所の人に何かいただいた時のちょっとしたお礼とかにも使っています。喜ばれるプレゼントのコツって「欲しいけど、自分で買うには少し高く感じるもの」っていうのがあるじゃないですか。金額的に高価なわけじゃなくても、”その品物の単価としては高い”みたいな。そういう意味でもプレゼントにちょうどいいんですよね。喜んでくれる対象が”家事を担ってる人”に限られるかもしれないけど…。スポンジとか洗剤ってドラッグストアとかで売ってる安いの選んじゃう場合が多いから、ちょっと高くて良いやつもらうと使うの楽しいし、しかもそれがただブランド的な意味で高いだけじゃなくて優秀な品だったら本当にうれしいですよね。まあ私はその「自分で買うには少し高い」ダスキンのスポンジを自宅用に買ってしまっているわけなんですけど、結局もちが良いことと機能性を考えたら全然割高な感じしないんです。食器洗いを少しでも楽にしたい人におすすめ…!

 

公式での出店は公式サイトのほかに楽天市場amazonにもありますが、品揃えがそれぞれ結構違って、ダスキン公式サイトダスキン楽天市場ダスキンamazonの順番かな。

ギフトセットは楽天やアマゾンの公式店舗では取り扱っておらず、ギフトセットを購入する場合は公式サイトの通販を利用する場合と楽天私のライフスタイル カジタノで購入する時があります。販売価格は同じですが送料やポイント還元・クーポンの配布状況などにより、どちらで買うのがお得か決めています♪

「既読」と「未読」に囚われる人間関係

最近、友人関係においてLINEの「既読」という機能に囚われすぎてもはや意味不明…と思うことが多い。

 

20代前半の若い友人の口からよく聞く「既読無視」「既読スルー」という言葉。

「既読になっているのにすぐに返信をしない」ことをそう呼ぶらしく、これは友人関係においてはタブーでもあるらしい。彼女曰く「既読スルーはよくないから、すぐに返信できない時には返信できるタイミングまで既読をつけずに未読のままにしておく」という気遣いをして既読スルーを防ぐようだ。勿論私が中高生の頃はLINEではなくてメールだったけれど、やはり一部では「チャット状態で早く返信しないとだめ」みたいな風潮はあったし、「既読スルー」も多分そういう中で生まれた言葉なんだと思う。何かしら用件があって連絡をとることが多い大人に比べて、若い子たちのやりとりは雑談を主としているからこその文化なのだろう。

「既読スルーは良くないから…」というその言葉の通り、彼女に連絡をしても長時間(丸1日以上のことも)メッセージが既読にならない時がたまにある。数時間であれば「忙しいのかな」と思うけれど、あまりにも長いこと既読にならないと「敢えて開かずにいる」ということがこちらにも何となくわかる。しかし私は伝えなければならない用件があって連絡しているので、とりあえず目を通してくれないかな…?と未読のままのトーク画面を見て困惑する。特にそれが期日のある内容である際には「既読スルー」より「未読スルー」のほうが困ってしまう。ちゃんと期日までに用件を把握してくれるだろうか…と不安になる。ずいぶん時間が経ってから丁寧な返信がくると、既読スルーを避ける気遣いをドウモアリガトネ…と思いつつも、なんとなくもやもやする。

 

また別の友人は、LINEの通知画面を私に見せながら「こいつ面倒だから既読をつけてないんだ~(笑)」と何故かちょっと上から目線で誇らしげに言った。先に挙げた友人のように「既読スルーはよくないから未読スルーをする」とは意味合いが変わり、この友人は悪意をもって「未読スルー」をしている。しかし、結局先の例とやっていることは同じだ。本当に読まずに無視をする気があるならブロックをすれば「未読スルー」状態で無視できる。メッセージを読んだ上で無視をしたいなら「既読スルー」を貫けばいい。しかし彼女は、その少しの間「読める・返信できる状況にあるけど敢えて既読を”つけない”」という時間を過ごすことで「無視してやってる」と自分が優位にたって関係をコントロールしているような気分に浸る。それに満足したら「ごめんLINE気づかなかった!」だとか平然と返信したり、当たり障りないスタンプを返したりしている。行動としては「気遣いとして」の未読スルーと同じこと。「既読スルー」という行為を避けることによって関係の悪化を避けようとしているのだ。

 

そもそもLINEなどのメッセージアプリで「既読」という表示がなぜされているのかというと、これは文字の通り受信側からすれば「読みました」ということが返信をせずとも相手に伝えられ、送信側からすれば「読まれた」ということが認識できるため。例えるならば、回覧板のチェック表に自動でチェックをしてくれるような機能。すなわち「既読」になっている時点で「読みました」という取り急ぎの返事をしているのと同じことであり、その時点で実質「スルー(無視)」はしていないことになる。つまりこれは「すぐに返信しなくても良いように」搭載されている機能であり、この「既読スルー」という考え方はその機能を無視したなんとも本末転倒な発想だ。

勿論「既読」の表示だけでやりとりを済ませるのは基本的に不十分で、「承知した」という旨だけでも返信するほうがベターだし、質問に対する回答や意思表示をしなければならない場合など返信を要するメッセージは多くある。しかし、メッセージを読む時間があったからと言ってそのタイミングで返す余裕まであるとは限らない。内容だけでも先に把握しておくことは、余裕ができたときに返答するためにも効率がいい。だから返信できないタイミングだったとしても読めるときに読むべきだし、送信者もすぐに返信がなくとも既読表示があるならば「ひとまず読まれたようだ」とだけ認識すればいい。「既読」には「メッセージを開きました」以上の意味も以下の意味もない。返信を急ぐ場合はその旨を伝えればいいし、そうでないなら相手が返信できるタイミングを待てばいい。「明日あいてる?」の返答が何日経っても来ないなど、明らかに「もう今更返信が来ても意味ない」という時にはじめて、本当の意味で「既読スルー」という状態になるのだと思う。

 

「既読」という表示は「読んだら自動的につく」「読まなければつかない」ただそれだけで、メッセージを「読んだか否か」というだけのこと。だから既読を「つける」「つけない」なんていう「既読」主体の物言い自体に違和感があるし、彼女らがどれだけ「既読」という表示に囚われているかが伺いしれる。この二文字の表示で人間関係をコントロールしようとしているし、されている。だけどそんな二文字にそこまで人間関係を左右されるの、怖くないですか?「読んだら即返信をしなければならない」って、あらゆる場合を想像する力が乏しすぎません?「既読になってるからそのうち返答をくれる」「返信こないけど既読になったから把握してくれる」「この子は返信遅めだけど絶対に返信はしてくれる」と思い合えるような信頼関係を築いた方がスムーズじゃないですか?

 

年齢を重ねるにつれて、連絡は「おしゃべりをするためのもの」から「必要なことを伝えるためのもの」という風に変化していくと思う。そう言った中で「未読スルー」というのは大変迷惑なこと。連絡事項を文面で伝える時点で「即反応」は求めていない(というか求めてはいけない)けれど、そこまで長時間読まれないことも想定されていない。返信のタイミングは期日などない限り自由にすればいいけれど、ひとまず読めるときに読む癖をつけた方がいいと思う。「既読スルーを避けるための未読スルー」、反対。

コンビニのタバコの番号みえねーよ問題について思う事

現在、ほとんどのコンビニではタバコを購入する際にそれぞれの銘柄にふってある番号を店員に伝えて注文するのが主流になっている。しかし店員さんに銘柄を伝えて購入しようとする客はいる。その際にそれに対応せず頑なに「番号で言ってください」という店員さんと店の方針に則らず銘柄で言ってしまうお客さん、どちらが悪いのか、という話がツイッターで話題になっていた。そのツイートに関して言えば、注文した側は「番号で」というシステムを知っているにも関わらず伝わりにくい略称を使って店員に銘柄を伝えたことが店員に対して不親切で、客側が厄介な客のような印象を受けた。

しかしそのケースに限らず全般的な話でいうと、店側もタバコ購入者に対して不親切だなと思うこともある。そんなことについて綴っていこうと思う。

 

まず、コンビニのタバコの番号はすごく見にくい位置にあることが多い。レジカウンターの背後にある棚に陳列されていて、小さく番号がふられているのがデフォルトだと思う。カウンター越しなので近くに寄って見ることも出来ないし、私自身の経験としても、両目の視力1.2程度でも「見にくい」と感じる文字の大きさ・距離感であることが多いと感じる。また、ホットスナックのケースやカウンター内の店員さんが視界を阻んでいることも少なくない。とても「見やすい」とは言えない陳列の仕方をしているお店がほとんどな状況である。それでは「番号で注文したくても見えない・見つけられない」という人がいても全く不思議ではない。

 

勿論、コンビニが「番号で注文をしてもらう」という方針でやっているのだから客がそれに則り番号で注文できることが好ましい。しかし、なんらかの理由で番号で注文できない客はいるはずで、それに対して頑なに「番号でお願いします」というのはあまりにも融通がきかなすぎると思う。実際に居るのだ。タバコの棚を見ることすらせずに「番号で」の一点張りの店員さんって。確かに吸わない人には「何ミリ」とか「ライト」とか「メンソール」とかそんな細かいことはよくわからないと思うし覚えるのは難しいと思う。けれど、例えばそういった細かいことはわからなくても「メビウス」だとかざっくりと名前だけでも憶えていれば少しは絞れるわけで、そこから「メビウスはこの〇種類取り扱っていますが、どれですか」と棚のメビウスが並んでいるあたりを指すとか、取り扱いがそう多くないなら手元にもってきて選んでもらうとか、何かしらのアクションが出来るはず。それくらいしてくれてもいいのかな、と思う。

まあそこまでしてあげても「は?なんでわからないの?言ったの持ってこいや!」みたいな態度をとってくる感じ悪い客っているだろうけどそこまでいくともうタバコ云々・番号云々ではなくて個人の性格に問題ありだからどうしようもない…。 (話題のツイートの人はこれよね)

 

「タバコを吸わない店員なら銘柄なんてわからないんだから」という意見もあるけれど、店員さん自身が喫煙者か否かはこの問題には関係ない。店員さんは自分が愛用しているものしか売れないの?という話になっているわけで。取り扱っている以上はどんな銘柄があるのかざっくりとでも把握したほうがいいのではないかと思う。居酒屋の店員さんが未成年やお酒を飲まない人なんてこともあるけれど、例えば「黒霧島ありますか?」と聞かれて「私はお酒飲まないので種類はわかりません」とは言わないであろう。どの店でも客が自分で見つけられない商品について「〇〇ありますか?」と言われたら、探すなりわからなかったら上の人に確認するなりして対応する。タバコだけ「番号でお願いします」の一点張りになってしまうのは不可解だし、タバコを買う人に対しての差別意識や嫌悪感のようなものを感じてしまう。

もし個人的に嫌煙家だとしても、そこで商品として取り扱っているのであれば他の商品と同様に対応すべきだと思うし、「番号が見えない」「欲しいタバコが見つけられない」という人への対応も柔軟にすべきなのではないかと思う。

 

そして「番号が見えない」「欲しいタバコが見つけられない」など何かしらの理由で番号で注文することができない購入者もまた、店員さんへの気遣いが必要である。あくまで店は「番号で」としているのだから、番号が見えない・見つけられないことを詫びつつ、せめてわかりやすいように「これと同じもの」と空箱やパッケージの画像を見せるだとか、わかりにくい略称を使わずきちんと銘柄を言った上で「〇色の箱の~」と箱の特徴を付け加えるなど、わかりやすく伝える努力はするべきだ。人にタバコを買ってきて貰うときにも、銘柄だけを伝えるのではなくて「これ買ってきて」って空箱を預けるのが親切かも。

 

そんなこんなで、現状では「(番号が見えない・見つからない等で)銘柄を言わざるをえない購入者は、わかりやすく伝える努力をしよう」ということと「店員さんはそれを汲み取る努力をしてあげて」ということで双方が歩み寄れば良いなという感じなんだけれど。個人的にはレジのところに客が手に取って見ることが出来る”取り扱いタバコ一覧表”(写真入りの見やすいもの)を用意しておいて、それで「これ」と指さしてもらうなり番号を確認して言ってもらうなりすれば双方にとってストレスが減るのではないかなと思う。どうでしょう。